逃げられた男と逃げそこねた男
それからしばらく、アルバートの領都での評判はひどいものだった。
安心して商売のできる、信頼できる善良な商人を疑って国から追い出したのだ。
屋敷の使用人の中にも、領都出身のものは『良い方だと思っていたのに』と悪く言うものまでいる始末。
だが当のアルバートは全く気にしていなかった。
そんな事を気にしているようなら、初めから何もしない。
自分のやることが誰かに理解されるなどと、考える方がおかしいのだとアルバートは自身の経験からそう考えている。
ようするに、子どもの頃から勘に従って誰にも予想できない動きをするので、あちこちでトラブルを引き起こしていたのだ。
周囲に理解者がいなければ今頃どうしていたか分からない。
だが彼自身はきっと変わらなかっただろう。
犯罪者になろうが日雇い労働をしていようが、辺境で開拓農民をしていようが、彼はきっと自分の勘を頼りに傲慢に、独善的に生きている。
実に、実にはた迷惑な人物である。
家族も側近たちもそれが分かっているので、いつも通りのアルバートを心配する事はなかった。
本当は表に出さないだけで悩んでいるんじゃないか、とか。
1人になると後悔して苦しんでいるんじゃないか、とか。
そういう心配をしないで済むぶん、アルバートは良い上司なのかもしれない。
ダラントの代官・アルダは、再び天候のため出航できなかった。
だが、今いるのは同じ港でも領都近くの大型の商船も入る大きな港街である。
新しい設備も多く、施設も充実していて魚臭くない。
時々監視されているような気配はするものの、遊び回っているように見せかければいいと、見せかけではなく心から街を楽しんだ。
そうして彼が島へ戻ったのはもう秋も終わり、季節が冬へ移ってからだ。
島には、彼が不在の間に領主の騎士団が居ついており、我が物顔で町や村を巡回していた。
一緒に大勢の役人も視察としてやってきているようで、見慣れない顔があちこちにある。
どうなっているんだと叫びたかったが、すでにネズミどもは彼の島に隅々まで入り込んだあとで、いまさらどうする事もできなかった。
「帝国商人スタフの店からは何も出て来ませんでしたが、郊外の屋敷には隠し部屋とそこから入る地下、そして地下からの脱出用通路が発見されました」
「そうか」
「ダラント代官との繋がりは商売の書類しか見つかりませんでしたが、何の取引をしているのか分からない帝国人の出入りが多く、相手の足取りも掴めません。屋敷に残されていた書類などを調べている最中ですが、こちらも現状芳しくありません……」
「まあいい、あれはどうにもならん類のものだ。ダラントからはどうだ」
すると部下はにやりと笑った。
「こちらは上々です」
「ほう」
「代官は邪魔な人間を始末するさい、直接自分では手を下していなかったようです。何人か、ならず者を城で雇って兵士としたり、島の中から行き場の無くなった犯罪者や家族を保護する名目で城下に住まいを与え、仕事をさせていたりしたとか」
「後半はそれだけ聞けば善良な話だな」
「全くです」
だがやらせていた事は犯罪行為。
犯罪を重ねさせてさらに追い詰める。
「先代の領主のノーマンだがな」
「はい」
「あいつも調べといてくれ。黒なら片付けないとな」
「了解しました。ああこれはいいですね」
部下が書類から1枚を取り出す。
「セドリック様からです。王都から、代官解任と相続権の取上げの許可が降りたと」
アルバートは満面の笑みを浮かべて椅子から立ち上がった。