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無能と呼ばれた娘  作者: 昼咲月見草


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逃亡

「ダラントの代官が来ただと?」


 アルバートが執務室で昼食をとりながら書類を読んでいると、部下が入って来て報告した。


「はい。教会から知らせがありました」


「今どうしている。どこの宿に入ったか分かっているか」


「騎士に私服であとをつけさせたそうです。帝国商人の店に入り、その後『踊る妖精』という宿屋に」


「よし、まずその帝国商人からだ。何か分かっている事はあるか」


 嬉しそうにアルバートは手にしていた書類を脇へやる。

 その書類をちらりと見ながら、部下は嬉しい理由はなんだろうと一瞬考え、そして自分もその考えを脇へやった。








 帝国商人スタフは、以前からアルバートが目をつけていた男で、実直な商売をする穏やかな男だと評判だった。


 彼を調べろと言われたとき、誰もが『なぜそんな無駄なことを』と思ったほどだ。


 だが、アルバートに騎士団からついてきた騎士たちはそうではなかった。

 彼らは、アルバートの野生の獣じみた直感を信じている。


 彼は道のない場所に道を見つけ、誰もがためらう事をやって問題を起こしながら最善を引き当てる、そんな理解不可能な人物なのだ。


 だからアルバートに近い人間は、アルバートが黒だと言えばとりあえず黒だと思って見てみる。

 スタフにも当初から監視をつけて調査していたため、強制捜査するとなってもいくらでも理由はつけられた。



 が。



 アルバートが騎士を率いて商人の店に踏み込んだとき、そこにいたのは王国で雇われた領都民のみで、スタフ他帝国人たちはみな郊外の屋敷へ行ったと聞かされた。


 逃げられたか、とアルバートは腕を組む。


 時折、こういう人間がいる。


 誰に反対されても、一見何の問題がなくても、己の勘で動く人間だ。

 そういう人間は、自分の直感を誰にも説明せずにどんなトラブルになっても行動するため、非常に衝動的に見えがちだ。

 だが、結果としてそれが最善となることが多い。


 おそらくは、常に最善を引き当てているにも関わらず、それが周囲には見えないだけなのだろう。


 そしてそんな人間を相手にするときは諦めが肝心だ。

 

「まあともかく行ってみるか」


 アルバートは役人と騎士を数人残して、スタフの郊外の屋敷へと向かう。

 だが、やはりそこももぬけの殻だった。

 それこそ見事なまでに何もなかった。


 がらんとした空き家の中で、アルバートは部下に指示を出して一応の捜索をさせる。


 何もスタフ1人で全て片付けたわけではあるまい。

 人のやる事なら、急ぎであればあるほど手抜かりがあるものだ。


「隠し部屋や仕掛けなどがないか丹念に探せ」



 言いながら、建物がひとつ手に入ったことで満足しておくか、と何もない部屋を出て行った。









 スタフの元から代官に手紙が届いたのは別れたその日の夜だ。


 宿へ向かい、船はしばらくこりごりだ、と酒を飲んでいると宿の娘が部屋をノックして、預かったという手紙を使用人に手渡した。


「なんだ」


「スタフ様という方からです」


「よこせ」


 こんなに早く何か分かったのか、と軽く驚きながら受け取る。


 そしてそこに書かれてある内容を読んで、代官は怒気をあらわにした。


「あの男……!」


 あの男がスタフの事なのかアルバートの事なのか、代官にも分からない。

 きっとその両方なのだろう。


 怒りのままに、代官は手紙を破り、暖炉の火の中に放り投げた。


 

『アルダ様


 この手紙がお手元に届く頃には、わたしは帝国へと向かっていることでしょう。

 昨今、領主様の市場への締め付けが厳しく、王国内で何をするにも難しいようになって参りました。

 ついては、一度帝国へと戻り、王国内での今後の取引について後援の皆様にご相談申し上げたく存じます。


 それでは寒くなって参りましたので、どうぞお気をつけて。


             スタフ』



「くっそおおお〜〜〜〜〜!!!」



 代官の怒鳴り声に、使用人は八つ当たりされてはかなわないと、慌てて部屋から飛び出して行ったのだった。











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