妖精銀の指輪
「アルダは自分の子どもを死んだ事にした」
「生きてるけどね」
「ニケアの子どもだって周りに伝えてるのよ」
「教会にニケアの子どもを置いて、自分の子どもをニケアの子どもだって言って、アルダは何がしたかったのかしら」
「見ればすぐにわかることなのに」
ユーレイシアは真っ青になった。
聖霊にしてみれば意味のないことなのだ。
しかし人間には違う。人間には誰の子どもかなど調べる手段がない。
そして、ダラントの司祭は血筋による相続制。
誰であれ、その家の子どもは必ず司祭になれるのだ。
司祭の地位さえも手にすれば、シェイマックス家のダラント支配は完全となる。
「ようやくあの子たちの仇が取れると思ったのに」
「人間に任せてしまうのは少し癪だな」
「人間はすぐ手加減しちゃうからね」
「ああでも子どもたちは少し可哀そうね」
「だがわたしのお気に入りを虐めたからな」
「アルダの子どもじゃないよ、他の子たちだよ」
「しかし孤児ばかり大勢出しても哀れだろう」
「それとも教会でなんとかしてくれるのかしら」
聖霊たちの視線が、一斉にユーレイシアに向かう。
彼女は突然のことに心臓が止まるかと思うほど驚いた。
聖霊たちの注目を浴びるのはひどく恐ろしい。
「……島を沈めず、孤児を出さない方向で考えてはいかがでしょう。アルダ・シェイマックスは殺人の罪で必ず死罪にします。代官の地位もシェイマックス家から取り上げます。ミュリエルの生まれについては、証明できるか分かりませんが調べてみます」
「ふむ……」
「どうする?」
「ダラントの聖霊たちがいいなら、あたし達はかまわないわよ?」
「子どもたちかあ……」
「できれば死なせたくはなかったんだよね」
「じゃあ、しばらく様子見っていうことでどう?」
聖霊たちの視線は次にダラントへと向かう。
ダラントは腕組みをし、渋い顔でうなずいた。
「しばらく、だぞ」
「ありがとうございます!」
ユーレイシアは司祭服が汚れるのも構わずひざまずいた。
「本当にしばらくだからな!」
ダラントはずっと大人しくしていたミュリエルを腕に抱え上げ、笑いかける。
「司祭にならなくてもいいが、なりたかったら指輪をはめろ」
指輪、と言われてミュリエルは服の下から父親の形見だという指輪を取り出した。
「はめてみろ」
言われるままにミュリエルが指輪をはめる。
すると、ミュリエルの指には大きかった指輪はぴったりの大きさになってはまった。
そして、粗末な木でできたはずのそれは、不思議な銀色に輝く美しい指輪へと変わる。
「それは妖精の銀と言われる金属でできている。我々が認めた人間のみが、それを本来の銀に変えることができる」
「ダラントの司祭は代々その指輪をはめるの」
「ハンナがずっと隠してたのよ」
「アルダはその指輪を探してたけど、ハンナは自分の夫の形見だって言ってたの」
「アルダは木の指輪だから気がつかなかったんだよね」
けらけら笑う聖霊たちの声を聞きながら、ミュリエルは指輪をはずした。
司祭になりたいかどうか、彼女にはまだよく分からない。
ダラントが、腕の中の彼女を優しく見つめて言った。
「いろんな事を経験して、いろんな事を考えて、どう生きたいか決めろ。何をしてもしなくても、わたしたちはお前を愛している……」
その言葉を最後に、聖霊たちは1人1人、静かに消えていった。