取り替え子
「今、我々で領内の不穏分子や犯罪行為を取り締まっております。ダラントについても、代官を徹底的に調べる予定です。できればもうしばらく猶予を頂戴したい」
「調べてどうなる」
「人間の定める罪は我らとは違う」
「人間に任せても、結局あれはダメこれはダメって言いだすんだよね」
なるほど耳が痛い。
しかしアルバートは涼しい顔でそれらを聞き流した。
「ですが、方々が島を沈めるよりは、罪なき者への被害が少なくすみます」
「む」
「それはそうなんだけど」
「でも人間って地位とかなんとかで適当に済ませちゃうだろ?」
「ニケアもマーガレットも他の子たちも殺されちゃったのに、その仇が取れないのはなあ」
「地位が上なら殺してもお咎めなし、が人間のやり方だものね」
姦しく会話し合う聖霊たちの言葉をアルバートは聞き咎めた。
「お待ちください! 今なんとおっしゃった!」
「地位が上の人間が下の人間を殺しても問題なしでしょ、って」
「いや、そちらも問題だがその前です! 誰と誰が殺されたと?」
「ニケアとマーガレット」
「あの子の両親」
「両親!? お待ちください、この子の両親は違う名前です。ニケアとマーガレットとは、先代司祭夫婦の名前ではありませんか」
「そうだ」
「あの子の両親だよ」
「ニケアとマーガレット。マーガレットはよそから来た子だけど、2人ともいい子だった」
「ダラントのお気に入りだったな」
「ああ」
「他にもいっぱい殺されたねえ」
「全く人間には困ったもんだ」
「父上、これは……」
セドリックがアルバートのそばまでやってきて固い表情で話しかける。
アルバートも同様の表情でうなずいた。
「島へ騎士を常駐させて、必要なら島中をひっくり返してでも調べなければならん」
その様子を横目で見ながら、ユーレイシアはダラントに話しかけた。
聖霊との会話は彼女のほうに一日の長がある。
「ダラント様、あの子は島の教会で管理人に育てられていました」
「ああ、ハンナだな。あれは賢い子で、その賢さを見込まれて島の外へ出された」
「戻らなくていいって言われてたのに、あの子は戻ってきたのよね」
「こっちで随分引き止められてたわよ。あの子、腕が良かったから」
「ハンナが戻ってから赤ん坊が無事に生まれてくることが増えてな」
「母親も無事だからその後も元気に育つんだよね」
話が逸れ始めた聖霊たちに、ユーレイシアは気にせず話し続ける。
「あの子は司祭夫婦の子どもではないとして育てられていましたが、当時の事やその事情など、何かご存知ではございませんか?」
「うむ、ダラントで代官をしているアルダがそうしたのだ」
「生まれたばかりのあの子を連れてっちゃったのよね」
「マーガレットには城で育てるって言って」
「渡したのはアリサにだったけど」
「マーガレットには薬を飲ませて殺したんだよね」
「ニケアは強盗に見せかけて殺した」
「あのときはよっぽど島を沈めようかと……」
「みんなで止めたんだよ、マーガレットのお腹に赤ちゃんがいるからって」
「生まれたときのミュリエル、めちゃくちゃ可愛かった」
「色白でぽちゃぽちゃしてて」
「僕らが見えてて笑ったんだ」
ユーレイシアは無言のまま聴き続けた。
誰かが何か言おうとしてもそれを遮り、聖霊たちに思うさましゃべらせる。
彼らは全てを知っているのだ。
島であったことは全て、何もかも。
ただそれを人間と共有しないだけで。
言ったところで人間に何ができると思っているのだろう。
人間のことは人間に任せて頼る、ということを彼らはしない。か弱い愚かな人間に何も期待していないからだ。