ハンナと家族とマリラと家族とマリラの結婚相手とそれから……
いつのまにか、天井の大穴から見えていた空がオレンジ色に欠け始めている。
差し込む日の光も暖かなオレンジ色に変わりつつあった。
ダラントの聖霊はニュルを、いや、新しく名を改めたミュリエルを、かがみ込んで優しく抱きしめた。
「時間がかかってすまなかった」
何を言われているのかミュリエルには分からない。
それを、ダラントの背後で他の聖霊が笑って説明する。
「こいつずっと悩んでたんだ」
「わたしたちが手を出すとひどい事になるから」
「ダラントもね、たくさんの聖霊がいるの」
「ここにも何人か来てるけどね」
「一番強いのはこいつで、だからよそから『ダラント』って呼ばれてる」
「みんないろんな意見があってさ」
「ようやく、もう島を掃除しようって話がまとまったんだよね」
楽しそうな聖霊たちに、司祭は苦々しげな表情で天を仰ぐ。
そしてミュリエルは困ったように口を開いたり閉じたりした。
「どうした、何か言いたいのか」
「話したいならなんでも聞くよ」
「ずっとおしゃべりしたかったの」
「もしや願い事か?」
「あ……あの、ええと、島を掃除するって、島のみんなは平気なんですか」
すると聖霊たちは黙り込む。
ダラントと呼ばれる精霊がしぶしぶ口を開いた。
「まあ、大体死ぬな」
「そんな!」
「だが仕方ない。ニケアらもいずれそうなる事を予測していた」
「島の人を外に出して帰ってこなくていいって言ってたもんね」
「カンが良すぎるんだよ」
「いや、考えればわかる事だろう」
「あの、あの、あの!!」
ミュリエルが精一杯の大声をあげる。
聖霊たちのおしゃべりはぴたりと止まった。
「あの、どうしても……掃除、するんですか」
目に涙をいっぱいに溜めたミュリエルの言葉に、聖霊たちは互いの顔を見合わせる。
ダラントがばつが悪そうに答えた。
「む、まあ、な。人間は小さくて弱いし我々の言葉も聞こえん。だから仕方がない」
「でも、ハンナがいるのに」
「ではハンナだけ島から呼べばいい」
「ハンナの息子と奥さんは? それにハンナは孫もいるの」
「ではそれも」
「時々、教会に魚を届けてくれたマリラさんは?」
「じゃあマリラも」
「魚を獲ってくれたのはマリラさんのお父さんなの」
「じゃあマリラの家族も」
「マリラさんはもうすぐ結婚することになってて、その人は代官様のお屋敷で働いてるの」
「マリラの結婚相手って誰だ」
「確かあの子よ、ほら、海で溺れて泳げなくなった子」
「トーマスか!」
「違うわよ! トーマスはもう孫もいる年よ!」
「あの子じゃない? スミス。銀髪じゃなくて赤毛の」
「そう、それ!」
「ああ、あの赤毛! あいつを海から拾い出すのは大変だった……」
「よし、スミスもだな」
「待て! スミスの母親は確かテレサだ!」
「テレサ! 花の好きな子! あたしの庭によく花を飾ってくれるのよ!」
「テレサの弟は狩が得意なんだよな……」
「犬とよく一緒にいる子か」
「あの子が生まれた時は台風で大変だったのよねえ」
「台風で大変だったといえばナッシュだ。外に出た妹を探しに海へ行って助けた」
「ナッシュは最近結婚したぞ」
「もうすぐ子どもが生まれる」
「月日が経つのは早いものだなあ」
しみじみと話す聖霊の1人が突然冷静になったように言った。
「なあ、やっぱりダラント沈めるのやめないか」
「またそこか!!」
「何年話し合ったと思ってるのよ!」
「責任持って片付けるって決まったでしょ!」
「でも僕いやだなあ」
「それはあたしだって……」
聖霊たちは静かになった。
そこへ、アルバートが一歩前へ進み出る。
「お話の途中失礼する。シェイドリールの領主、アルバートと申します」
「シェイドリールの領主?」
「メイスじゃないの? あのヒゲ親父」
「最近変わったんだよ。でもアルバートじゃなくてノーマンじゃなかったかな」
「ノーマンはわたしの前の領主ですな。方々、いかがでしょう。この件、わたしに任せてはいただけませんか」
「任せるとはどういう事だ」
ようやく話が進みそうだと、その場にいた聖霊以外の全員がほっとしたのだった。