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無能と呼ばれた娘  作者: 昼咲月見草


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16/25

身勝手な

「ようこそいらっしゃいました」


 笑みを浮かべながら迎えてくれたのは、この教会の主、ユーレイシア司祭だ。


「そちらの少女が、今日改名を希望される方ですね?」


「ああ。うさぎ、ユーレイシア司祭のそばへ」


「うさぎ?」


「あだ名だ。あの名前は好かん」


 司祭は品よくため息をつく。


「ご領主様。あなたがそういう方だとは存じておりますが、もしやそれだけで改名をお決めになったのではございませんよね? 本人の了承は取れておりますよね?」


「必要ない。どうせ聖霊の決めることだ」


「それはそうですが……。まあ、いいでしょう。全ては聖霊次第です」


 全く、いつか天罰が下ればいい。


 笑みを浮かべた柔らかな(おもて)のまま心のうちで軽く罵って、司祭は一同を教会の奥庭へと(いざな)った。








 教会は領都の端、その裏は広大な森と岩山になっている。

 

「まだ日が落ちないうちにおいでくださりようございました。暗くなると足元が悪いですから」


 司祭が進む先には洞窟があり、その内部では灯りが必要となるのは間違いない。

 だが木々に蔦が這う森にも関わらず明るく、鬱蒼としておらず頭上には空が見えるのは、人の手入れがなされているからだろう。


 すぐそこには人の住まう街があるというのに、どこか静謐な空間であるのはさすがに聖霊教会の守る森であるといえた。



 洞窟は崩れぬよう人の手が加えられている。


 半円の大きな入り口から中へ入っていけば、いくつも道が分かれていて、ランプを持った司祭を先頭になんの不安も感じていないような助祭たちが続く。


 聖霊教会での改名の儀は珍しいとあって、助祭に副助祭、見習いに騎士と大所帯で、見習いたちに至ってはどこかわくわくと楽しそうな雰囲気だ。


 何度も分かれ道を過ぎて奥まで辿り着くと、そこは広間になっていて天井部分が丸く大きく開いて外からの光が届いている。

 その光が照らすのは床に描かれた大きな魔法陣だ。

 光の届く範囲いっぱいに輝く魔法陣が浮かび上がっている。


 天井の丸穴からは青空が映り風が吹き込む。


 端から垂れ下がった蔦には小さな花が咲いていて、そこから良い香りが強く漂っていた。



「おや、すでにおいででしたか」



 驚いたような声は司祭のものだ。


 すると、魔法陣の周りにいく人もの姿が現れる。

 人の大人と変わらぬ見た目のものもいれば、小さな子どもの姿のもの、透き通って輪郭だけのものも、植物をまとった姿のものもいた。


「待っていた」


「ようやく来たか」


「大変だったのよ、ダラントが煩くて」


「遅い方が悪い」


 口々に司祭に言葉を返すその全てが聖霊であることに、司祭以外の全員が驚愕した。

 聖霊の実在を疑うものはいないが、その姿を見ることは稀である。ましてや、これほど一度に姿を見せるとは。



「大変申し訳ございません。まさか方々がお待ちになっているとは存じ上げませんでしたので」


「いいのよ、そもそもダラントのワガママなんだから」


「島の者には苦労をさせている」


「俺のせいか!?」


「間違いない」


「自覚がないってほんとサイテー」


「あんまりひどい事はしないほうがいいのに。子どもたちが可哀そうだもの」


「む……」



 放って置くとずっと好きに喋っていそうな聖霊たちに、司祭は微笑んで話しかけた。


「聖霊様方、それでは本日のお願いについてはすでにご承知のことと思われますが、いかがでしょう」



「ああ、その子どものことだな」


「間違えないで、子どもの名前のこと、でしょ」


「そうね、今日のところはね」


「司祭、今日はひとまず名前のことだ。その子どもは良き場所に預け、定期的にここへ連れてくるように」



「え、ええと、定期的に、ですか?」


 ユーレイシアはパチパチと目を(しばたた)かせる。



「そうだ」


「その子ダラントのお気に入りなのよ」


「それでその子がここに来たから、もうダラントは要らないんですって」


「あはは、分かりにくいな、ダラントのダラント」


「あれ、でもダラントはダラントじゃなくなるの?」


「なんて呼べばいいんだ?」


「好きに呼べ。ああだがあの島(ダラント)は沈めるんだったな」


「ではやはり名前を変えなければ」


「めんどくさーい」



「ま、待って、待って、待ってください!」



 司祭が慌てて声を上げた。

 それをアルバートを含めた何人かは、珍しいものを見た、と思い思いの感情で見やる。

 

「ダラントを、あの島を沈めるおつもりですか!?」


「そうだ」


「お気に入りが減っちゃったんだって」


「ほっとくと邪魔なのもいるから一度掃除するってさ」


「他の子はもったいなくて可哀そうだけど」


「でも掃除するなら仕方ないわよねえ」



「ああ……」


 司祭は頭を抱えた。

 これまで何年も無言を貫いていたのは、何かよろしくない考えがあるからだろうと思ってはいた。

 だが最悪の方向で当たってしまうとは。


 これだから聖霊は。



「ひとまず、この子の名前を新しくつけてください。お気に入りなのですよね?」


「ああ」


 嬉しそうにダラントの聖霊がうなずいた。

 

 その喜びに満ちた笑顔に、盛大に罵りの言葉をぶつけてやりたい気持ちを抑えながら、司祭は子どもへ手招きする。


「うさぎさん、こちらへいらっしゃい」



 ニュルがためらっていると、ミレディがその背中を押した。


 おずおずと近づいてくる子どもの隣にかがみ込み、司祭はダラントに声をかけた。



「ダラント様。新しい名前はお決まりですか?」


「ああ」


 ダラントが魔法陣のそばを離れてニュルに近づく。


「お前はミュリエル。輝く海の娘だ。お前の父と母が、お前に与えようと考えていた名前。これからはミュリエルと名乗るが良い」


 宣言するようにダラントが言うと、緑の風が彼女を包んだ。

 ちかり、ちかりとたくさんの光が体の周りで輝く。


「ミュリエル、わたしの子。お前に素晴らしい人生があるように」


「ミュリエル、わたしたちの子。輝く海の光があなたの人生を照らすように」


「ミュリエル、ぼくのお嬢さん。君の傷がこれからの人生に幸いとなるように」


「ミュリエル、喜び多き人生へ、帆が風をはらんで運んでくれますように」


「ミュリエル、愛しい子。優しい人々の真ん中で愛に溢れる人生を送りますように」


「ミュリエル、全ての不幸や悲しみを蹴散らして生きなさい」



 聖霊たちが口々に祝福を捧げる。


 全員が驚きに言葉を失う中、司祭は他の者には見えないものをその目に見て、その祝福に込められた聖霊たちの愛に涙をこぼした。



 ああ、本当にこれだから聖霊は……。



 勝手で、気ままで、傲慢で、適当で。

 でもその愛は間違いようがないほど純粋で美しい。


 腹立たしいほどの感動に打たれながら、ユーレイシアは涙がこぼれるままに立ち尽くしていた。













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