誰かに似ている
アルバートは長男と数名の部下を伴い、ニュルを連れて聖霊教会へと向かっていた。
改名の儀とは、その名の通り名前を変えるだけのことなのだが、『儀』とついていることから分かるように、教会の儀式のひとつである。
具体的には、聖霊たちを複数呼び出して新しい名前をつけてもらう。
男ならば聖王教会で、女ならば聖霊教会で行われることが一般的なこの儀式だが、聖霊たちはこの儀式に呼ばれる事をあまり快く思っていない。
逆に聖王教会で行われるさい呼び出されるのは王国の歴代の国王や英雄たちの魂、その中でも神格化された者たちだ。
聖王教会では呼び出された魂は喜んで命名してくれる。
集まった国王や英雄がああでもないこうでもない、次はわしの番だ、いやわしの子孫だと名付けの権利を取り合う。
むしろ気軽に呼び出して名付けさせてほしいと言わんばかりのその様子に、神々となった魂は案外暇なのでは、と教会関係者の間ではもっぱらの噂だ。
ではなぜ聖霊たちが改名を好まないかといえば、それは彼らが人ではないから、のひと言に尽きる。
人でない彼らには人の本当のところは理解できない。
だから、親からの贈り物である名前を彼らが変えることには懐疑的なのだ。
そのため、聖霊教会での改名の儀は非常に珍しい。
儀式で呼び出された聖霊たちが改名を断ることもあるこの儀式を、アルバートはせっかくなので息子にも見せておこうと思い立ったのだが、その当人は苦虫を噛み潰したような表情で『それは命令ですか』と言ってきた。
セドリックにしてみれば、教会や聖霊よりも目の前の書類の山の方が重要であった。
そもそも、改名の儀を見たからといって何かの役に立つとも思えない。
腹が立ったアルバートは「命令だ」と言い切った。
なんの気なしに誘っただけだったのだが、迷惑千万といった様子が気に食わなかったのだ。
それを理解している息子は大きくため息をつき、部下たちは2人から視線を逸らした。
彼らの敬愛する領主様は、問答無用でめんどくさい。
出かけにそんな事があったりしながらも、一行は素早く動いて早々に教会へ到着した。
移動は馬車ではない。
そんなものを準備していたら時間がいくらあっても足りないと、アルバートはミレディの馬に子どもを乗せ、使用人や侍女は一切連れずに馬を走らせた。
この父親のもと育ったセドリックも当然、馬での移動には慣れている。
大通りを行く領主の隊列は領都のちょっとした名物で、領主が変わったさいに兵士が厳しく触れ回った『通りに子どもを放置して遊ばせるな』の意味を、今では領民たちは正しく理解していた。
ともかく速さを重視したアルバートの方針の下、彼らは明るいうちに教会についた。
馬を下りて父親のそばへ寄ったセドリックは、このとき初めてニュルと引き合わされた。
全てが慌ただしく進む中で、ろくな説明もなくここまできたのだ。
若干疲れた様子の彼は、改名の儀を行うという子どもの顔をみて『おや』と立ち止まる。
「ミレディ、その子がニュルか?」
「はい。可愛いでしょう?」
嬉しそうに答えたミレディの足につかまり、こちらを窺う子どもを、セドリックはまじまじと見つめた。
「そうだな。可愛い、が、誰かに似ているような……」
そんなセドリックの視線から逃げるように、ニュルはミレディの後ろにさらに隠れる。
ミレディはくすくす笑いながらセドリックに言った。
「どうでしょう。この子の両親はどちらも島の平民ですから、セドリック様の記憶にある誰かと関係があるとも思えませんが。うさちゃん、大丈夫。この方はアルバート様のご長男でセドリック様よ。とってもいい方だから」
アルバートの、と聞いてニュルは少しだけ顔を出してセドリックと見つめ合う。
「ずいぶん信頼されてるな」
ちらり、とセドリックがミレディを見ると、ミレディは笑った。
「わたしではなくアルバート様ですよ」
「あの親父が? あの仏頂面のどこをだ? うちの下の息子ですら怖がる顔だぞ」
「悪かったな」
不機嫌な声で会話に入ってきたのはその仏頂面の親父殿だ。
セドリックはくっくっ、と笑った。
「その顔ですよ」
「地顔だ。それより行くぞ、司祭を待たせると何を言われるか分からん」
「それもそうです」
からからと笑う親子の会話を、ニュルは驚いたような顔で聞いていたが、周囲は平然とした様子で、これがこの親子のコミュニケーションの取り方なのだと思われた。