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ダラントの聖霊は気難しい

「あら、……まあ」


 司祭の目がきゅっと細められる。


 それを見てランディは寒気がした。


 世界には魔法が存在する。

 わずかながら、それを使える人間も存在する。

 魔物や魔獣、魔人といった存在は人の住む世界を好まず、姿を見せる事は滅多にないが、ひとたびその姿を現せば被害は甚大なものとなる。


 王侯貴族や騎士階級、魔法士といった地位につけるのは、それら魔族と対抗できる力を持つ者だけだ。

 そしてそれはもちろん教会関係者にも言える。


 豊かな地域の領都でその最高権力者である司祭となれるのは、それだけの力を持つということ。


 どんなに美しく、たおやかな見た目をしていても侮っていい相手ではないのだ。



「ダラントは少し特殊な土地柄。聖霊の考えに人があれこれ口を出すものではありません。そう思って手を出さずにいたのですが、ダラントの代官は少しばかり愚かなようですね」


 ほほ、と笑うその、もの柔らかな様子が恐ろしい。



 司祭というのはどこもバケモノ揃いだ、と昔言われた事をランディは思い出していた。


「いいでしょう、連れていらっしゃい。すぐに改名の儀を行います」


「すぐ、ですか?」


「当然です。今、すぐです。急ぎなさい、騎士殿」


「はっ!」


 今すぐと言われて慌てたものの有難い話には違いない。

 ランディは立ち上がると一礼してその場を辞した。


 何も言わずとも、あの子には良い名前が与えられる。

 なぜかそんな気がしていた。











「ユーレイシア様、いかがされますか」


「そうですね、まずはダラントの代官とその周辺を調べる必要があるでしょうね」


「はい」


「ノーマ、アマリア。あなた方、ニュルという名前、どう思いますか?」


 司祭の問いかけに、2人の助祭は顔を見合わせ、それからノーマが先に答えた。


「わたしは気にするほどではないのでは、と思います。言葉の意味など地域で違うものですし、我が国では良い名前でも他国ではひどい意味を持つものなど多くありますので」


「そうね。アマリア、あなたは?」


「本当に偶然なのかが気にかかります。聞き慣れない響きの名前ですし、なぜその名前をつけたのかが分かりません」


「そうよね。ニュル……どこかでそういう言葉が他にあったかしら?」


「あいにく、寡聞にして存じません」


 表情を動かさずに口にする助祭に、ユーレイシアは微笑んだ。

 教会の人間はこうでなくてはならない。

 

 時折、本当に清らかな、聖人としか思えない人間が存在するが、それはこの世の中では利用され食い物にされるだけだ。

 それでも変わらないなら、それは哀れとしか言いようがない。

 教会というのは、そういう哀れな人間を哀れなままにしないために存在する。ユーレイシアはそう思っている。


 弱く優しい人々を守るため。

 強く清らかな人間を支えるため。


 それは聖霊たちの喜びに適う。

 そしてユーレイシアのような人間は、聖霊の喜びのそのおこぼれに預かり、この世界を少しでも過ごしやすくして生きているのだ。

 それは結局自分のため。

 けれど、自分が過ごしやすく幸せである事で他者もまた幸福になるなら、それはそれでいいのではないか。


 きっと聖霊たちはそれも含めてユーレイシアを司祭として認めているのだ。



「ダラントの聖霊は気難しかったわね」


 気難しいというか、面倒というか、関わりたくないというか。

 それを言い出せば、他の聖霊も似たようなものでキリがないのだが。



 急に話題を変えた司祭に、ノーマがいつもの事であるように返す。


「こういった事を許す方のようにも思えませんでしたが、やはり司祭が不在となると勝手が違うのでしょうか」


「むしろ、司祭が不在なせいで自由に動き出すような気もしますが」


 気がかりだと言うように、アマリアが眉をひそめた。


 ユーレイシアとノーマは一瞬口を閉ざしてアマリアを見つめる。

 そしてユーレイシアが慎重に口を開いた。



「……その通りね。枷のなくなった聖霊は何をするか分からないわ」



 ダラントの司祭は、いわばその土地の聖霊の枷であった。

 自然の暴力と理不尽を形にしたような存在。

 それに気に入られたからこそ、あの土地の支配者となる事ができた一族。

 ダラントでは忘れ去られて久しいが、王と司祭はその昔、あの島では1人の人物がつく地位であったのだ。


 それがいつの間にか2つに分かれた。


 分かれて後に、何代も重ねたあとロンドリアへと組み込まれた。

 それはロンドリアの圧力があった結果だが、そのとき聖霊は動かなかった。


 ロンドリアには3つの教会がある。

 聖霊教会、聖王教会、そして聖龍教会だ。

 そのいずれもがこの併呑に異を唱えず、ダラントの聖霊も沈黙したため全ては大過なく終わった。



 聖霊たちは人と違う考えを持ち、永劫に等しい命を持つ。

 それは彼らがこの世界そのものと変わらない存在だからだろう。


 だから、聖霊が動かないという事は手を出す必要がないという事だ。

 領都でも王都でも、聖霊教会の関係者はそう考える。


 ダラントの聖霊が動かないなら、問題ないだろう、と。



 それは、果たして本当にそうなのだろうか。



 ダラントの代官がどうなろうと、ユーレイシアたちには一切関係がない。

 だが、代官のせいでダラントの人々が苦しむ羽目になるのだとしたら、それはいずれこの領全体にも関わってくるかもしれない。


 ユーレイシアはため息をついた。


「ダラントと、その関係者を全て、急いで調べてちょうだい」


 聖霊は気まぐれで人を殺す。

 できるだけ殺さないというルールを作って守っているが、それは絶対に殺してはいけないというものではないのだ。


 嵐で人が死ぬように。

 病で人が死ぬように。

 寒さで人が死ぬように。


 人は些細なことで容易く死ぬ。


 そしてそれは、聖霊たちの営みの中ではささやかな、自然な出来事であるのだ。













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