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無能と呼ばれた娘  作者: 昼咲月見草


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12/25

ランディ、キレる

 強い風や大波で海が荒れる事もなく、船は無事に港に着いた。

 明るい日の輝く午後一番のことだ。


 アルバートの一行はその日を港で過ごすと、次の日、朝早くに早速領都へ向かう。

 慌ただしいその様に港の住民はみな、新しい領主は忙しいお方だと言い合った。







 領都の屋敷では、アルバートの長男が不在の領主の代わりに仕事を引き受けている。


 もともと騎士団で現場仕事ばかりをしていたため、アルバートは机の前で書類仕事をするよりも外に出て指揮を取る事を好んだ。

 長男であるセドリックが母方の血を濃く引き継いで、優秀な魔法士であり、かつ政務官としての才にも恵まれていた事は、誰にとっても幸いであっただろう。


 

 そのセドリックは今、領都屋敷の騎士専用の食堂から出てきたところで戻ってきたばかりのランディら騎士たちに出くわした。


「戻っていたのか」


「はい、セドリック様、たった今」


「ご苦労だった。父がまた何かとんでもない真似をしなかったか」


 ほんのわずか、不安げに眉をひそめたセドリックに、ランディは笑って返す。


「いえいえ、何も問題ありませんでしたよ。無事、賊の残りも捕まえて、あと島の孤児院に司祭がいないという事で1人子どもを連れ帰ってきました」


「子ども?」


「ええ、女の子ですよ。可愛い子で、ニュルっていいます」


「ニュル、だと?」


 セドリックは今度こそ、はっきりと顔をしかめた。

 この親子は見た目はあまり似ていないが、こんな表情をすると雰囲気がそっくりになる。


「ええ」


 その反応に驚いたのはランディだけでなく、後ろにいたミレディら他の騎士たちもそうだ。


「その名前は、島では普通の名前なのか?」


「いえ、違うようですが……。何かありましたか? アルバート様にも同じ事を訊かれましたが」


「そうか……。そうだろうな。ニュルというのはな、パルフュリンダの卑俗な言葉で、確か『無能』とか『役立たず』というような意味のある言葉だったはずだ」


 一瞬、ランディはきょとん、と目を丸くして、それから怒気をあらわにするとその身を翻した。









 アルバートは屋敷に戻るとすぐに自身の執務室へ向かった。

 昼の時間はだいぶ過ぎている。息子がそこで仕事をしているものと思ったためだ。


 だがあいにく、セドリックはちょうど今の時間に食べ逃した昼食をとりに行っているという。


 アルバートは昼食のために移動するのも面倒だと、食事は執務室に運ばせるタイプだ。

 しかし息子のセドリックは、指揮官ではないためだろう、量も濃いめの味付けも満足でき、そのうえ料理が素早く出てくる騎士専用の食堂に行くことが多い。


 『専用って意味知ってます?』と訊かれて、『上の人間は好きにしていいって事だろう』と答えた彼は、中身は父親にそっくりだと評判だ。


 そのうち戻ってくるだろうと椅子に腰を落ち着けて、アルバートがパイプ煙草の準備をしていると、部屋の外がどかどかと騒がしくなった。



「何の騒ぎだ」


「見て参ります」



 騎士の1人がドアを開けようとして、ノックとともに大声が響く。



「失礼します! アルバート様にお願いが!」



「あの声はランディだな」


 どうしますか、とこちらを見てくる部下にアルバートは鷹揚にうなずいた。

 ドアが開くと、顔を真っ赤にしたランディが入ってくる。


「アルバート様!」


「どうした」


「あのクソ野郎をぶっ殺す許可をください!」


「あのクソ野郎というのはどのクソ野郎だ。ダラントの代官か」


 彼にとって面倒な相手は全てクソ野郎である。

 数が多過ぎて、曖昧な事を言われるとたまにどれの事だか分からなくなるが、幸い今回はすぐに予想がついた。


「そうです! 今すぐ戻ってあの首落としてきます!」


「ダメだ」


「なぜですか! アルバート様だって気がついてたんでしょう!? あの野郎、子どもにあんな名前つけやがって! どうして教えてくれなかったんです!」


 そう言った彼が最初に思いついたあだ名は「子ネズミ」だったが、寸前で口にしなかったので多分セーフである。



 アルバートはゆっくりと火を点けたパイプを口に咥え、2、3度軽く吹かした。


「お前らがそうやってキレるからに決まっているだろうが」


「キレて当然じゃないですか!」



「まあそれはそうなんだがな。あんなクソ野郎でも一応代官だ。正当な理由なく始末できんし、どうせやるなら面倒ごとは全部一度に片付けたい。わしがせっかく我慢したのにお前らがキレたら意味がないだろう」


「それは……まあ……」


 ようやく頭が冷えたように、ランディの声が小さくなる。

 アルバートはひとつ、煙を吸い込んだ。


「裏でどんな悪事を働いているか分からん奴はな、他のクソどもと繋がってる可能性がある。仕入れた噂では後継ぎも碌なもんじゃなかったな、確か」


「はい」


「地方の役人とはいえ古くからの島の支配権を持つ一族だ。あとあと禍根のないように片付けんとな」


「はい。申し訳ありませんでした」


「他の連中にもよく言っておけ。いずれ徹底的に調べ上げて始末するとな」


「了解です」


「それから、聖霊教会に知らせをやってくれ。子どもの名前を変更する」


「はい!」


 急いで出て行こうとするランディにアルバートは声をかけた。


「飯の後にしろよ」


「分かりました!」


 嬉しそうに破顔する部下を見送って、アルバートはパイプを口に咥えて笑ったのだった。











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