私はとても幸せである
私は今、お嬢様のお部屋で優雅に日向ぼっこをしている。
居候の身で日当たりの良い窓の近くのベッドの上で仰向けに寝転びながら、外を眺めるのが最近のお気に入りだ。
今日もいつものように陽射しを浴びていると、不意に後ろから声をかけられた。
振り返るとそこには、いつの間にかメイド姿の女性がいた。
その女性――ミリアさんはこちらを見ると、にこりと微笑んだ。
そして、そのまま僕の頭を優しく撫でてくる。気持ちいい……。
思わず目を細めてしまう。
そんな僕を見て、彼女はまた笑みを深めた。
彼女の手つきはとても優しい。
まるで壊れ物を扱うかのように繊細で、それでいて慈愛に満ちたものだった。
もっと撫でて欲しくて頭を手に擦り付けるように動かすと、彼女は嬉しそうに笑いながらさらに撫でてくれた。……あぁ、幸せすぎる! このままずっとこうしていたい……! 僕はもうすっかり彼女に心を許していた。
この屋敷に来て以来、僕は毎日彼女とこうして日々を消費している。……しかし、それも今日までかもしれない。何故なら――
コンコンッ 部屋の扉がノックされる音が響いたからだ。
その音を聞いて、彼女はすぐに手を離して腰を上げて離れてしまった。……少し残念な気分になる。
だけど、仕方ない。今は仕事中なのだから。
僕は彼女を見送ると、再び窓の外へと視線を向けた。……さっきまでの幸せな時間は終わってしまったけど、これも仕方がない事だと諦めよう。そう自分に言い聞かせつつ、僕は先程の訪問者の事を考える。……多分、あの人だろう。
何となく予想がついたところで、タイミング良く扉が開かれた。やはり思った通りの人物だった。
入ってきたのはこの屋敷の主であり、僕に居候を許してる女性ーーヒバリだ。
彼女は室内に入ると、真っ直ぐにベッドまで歩いてきて僕の方を向いて言った。「居候を許したから別にいいんだけど、毎日寝てばかりで退屈にならないの?」
…どうやら僕の事を気にかけてくれてるらしい。
確かに最近はほとんど寝てばかりいる気がするけど、別に問題はない。
むしろこんなに居心地が良い場所なんて他にないし、ここに住めるだけでとても満足しているのだ。だから僕は首を横に振って否定した。すると、彼女は苦笑しながら言う。
――それは良かったわね、でもたまには外に出たら?…まぁ考えてみるよ。
そんな会話を交わした後、彼女は僕から離れていった。そしてそのまま部屋を出ていくのかと思いきや、何故かこちらを振り向いてきた。
――そうだ。一つだけ言っておく事があるんだった。
彼女は何かを思い出したような顔をした後、真剣な眼差しを向けてきた。そして視線をミリアさんに移す。「甘やかすのもほどほどにね」
そう一言告げると、今度こそ本当に部屋から出ていった。
それを見届けたミリアさんはというと…困った表情を浮かべながら頬を掻いていた。…えっと、これはどういう意味なんだろうか? 結局、よく分からなかった僕は首を傾げるしかなかった。
――それからしばらくして、今度は庭師のおじさんが部屋に訪ねてきた。
彼はここの庭師兼門番を務めている人物で、主に僕達の身の回りのお世話を担当してくれている。
ちなみに、初めてこの屋敷に来た時に最初に会った人でもある。
彼は室内に入るなり、まず僕を見て軽く挨拶してきた後、ミリアさんの方に目を向ける。すると、彼女もそれに気づいたようで、笑顔で会釈をした。それに対して彼もまた返すと、そのまま僕の下へ歩み寄ってくる。そして、しゃがみ込むと僕の頭を優しく撫でてきた。私はガッと彼の手を掴んで「なんでそうなるんだ」と彼に訴える。それに対し、彼は不思議そうに小首を傾げた。
「あれ? 違ったかい? だってミリアはいつもやってるじゃないか」ととぼける。私は「男はいいんだよ男は」とあしらった。彼の言う事は間違っていない。ミリアは暇さえあれば私にやたらと触れてくるのだ。頭を撫でたり、抱きついたり、膝枕をしてくれたりと、とにかくスキンシップ過多なところがある。最初の頃は戸惑いもあったけど今ではもう慣れてしまった。彼女がどうしてここまで私に懐いたのかはわからないけど、悪い気はしない。むしろ嬉しいくらいだ。
――それで何の用だ? すると彼は少し困ったような表情を浮かべながら口を開いた。どうやらまた新しい注文が入ったらしいのだが、その内容が問題なのだという。その内容とは、この屋敷にある大きな倉庫に置いてある品々を屋敷の外へ持ち出すのを手伝って欲しいというものだった。何でも、ヒバリが急遽どこかへ出かける事になり、その準備のために人手が欲しいという事らしい。
私はそれを聞いて少し悩んだ後、ミリアの方に目を向けた。
彼女は私の視線に気づくとニコリと微笑んで頷いた。どうやら了承したようだ。
――よしわかった手伝うよ! 私がそう答えると彼はホッとした様子で礼を言った後に立ち上がり部屋を出ていった。…さて、それじゃあ行くとするか! 私達はすぐに支度を済ませると部屋を出たのだった。そして庭に出ると早速作業に取り掛かる事にしたのだが…これが予想以上に大変だった。何せ量が尋常ではないからだ。
まず最初に、倉庫から荷物を運び出すために大きな台車を用意したのだが、それでもかなりギリギリだった。というかこれ無理じゃね? と思いながら作業を続けていたら、案の定途中で力尽きてしまった。
私は地面に大の字になって寝転がると空を見上げた。雲一つない青空が広がっているのが目に入る。…あぁ、いい天気だなぁ…などと現実逃避していると、不意に声をかけられた。そちらに目を向けるとそこにはミリアが立っていた。彼女は心配そうにこちらを見つめている。
――大丈夫だよこれくらい! 私は元気よく答えてみせたが正直全然大丈夫ではなかった。もう腕や足がプルプル震えてるし、汗もダラダラ流れているしで最悪な状態だ。
それでも強がってみせたのだが、どうやら彼女にはお見通しだったようで苦笑しながら肩を叩かれた後、飲み物を手渡された。
それを受け取ると一気に飲み干す。冷たくて美味しい。生き返った気分だ。
――ふぅ…ありがとう助かったよ。
お礼を言うと、彼女は微笑みながら首を横に振った。そしてそのまま私の隣に腰を下ろすとゆっくりと口を開く。――お疲れ様でした、とても助かりました! そんな労いの言葉をかけてくれた後、彼女は優しく頭を撫でてくれた。それが心地よくて思わず目を細めると、それを見た彼女がクスリと笑った。――今日は本当によく頑張りましたね!私はされるがままに身を任せる事にした。そしてしばらくした後、私達は屋敷の中へと戻っていったのだった。
…ちなみにだが結局あの後倉庫の荷物は半分くらいしか運べなかった上に途中で力尽きて動けなくなってしまったため、結局残りの作業は明日に持ち越しとなったのだった。
翌日――つまりは今日続きを行う事になったのだが…やはりというかなんというか昨日よりも酷い有様だった。まぁそれはそうだろうなと思うしかないだろう。なんせ昨日は半分ぐらいしか終わってない状態で終わったわけだし当然といえば当然だわなと自分でも思う。 そんな訳で私は今、ミリアと一緒に倉庫内に置かれている荷物の整理をしている最中だ。
昨日運びきれなかった分を今日中に終わらせるため、朝からずっと作業を続けているのだが…なかなか終わらない。「ミリア、ちょっとストップ」と作業してる彼女に声をかける。明らかに何かがおかしい、どうにも荷物が増えてるように感じる。昨日までは確かこんなことは無かったはずだ。つまりこれは…いや確実に。
私はいったんその場を離れて自室へ仕事道具を撮りに行く事にした。最後に仕事をした日から3ヶ月は経つが問題ない。ここは穏やかな場所だから、霊的問題の心配はないと思っていた。祓いに必要な道具が揃ってる鞄を持って倉庫へ戻った。その場に待機していたミリアが目を輝かせて私の方に期待とワクワクのこもった視線をビシビシ送る。彼女がここまで興奮するのも如かないのかもしれない。私がそもそもこの屋敷に来た理由は屋敷に取り憑いてる地縛霊を祓う仕事の依頼をひばりから受けたからだ。この屋敷で働く人たちは誰も霊的存在を信じるような人たちではなかったが、さすがに自分の目で見てしまっては否定する方が難しいというものだ。それ以来この矢hしきに努めるものたちからは感謝と尊敬の念を抱かれている。ミリアは特に毎日部屋を勝手に模様替えをされたり、言ったかみを勝手に解かれたりとストレスの溜まる毎日をおくっていたので私を強く慕っているのかもしれない。
私は鞄を広げて札を取り出し必要な場所に貼って祓いを始める。これで数体の霊が消えたのだが…まだまだ時間がかかりそうだ。ミリアは邪魔にならないように私からだいぶ離れたところで目を輝かせている。可愛い、すごく可愛い。なかなか払いが終わりそうにないのでミリアには気にせず荷物を運び出すようにお願いした。彼女は元気良く返事をすると荷物の方へ駆け寄っていった。私はそれに笑顔で応える。――彼女がとても良い働き手なので、予想よりも速く作業は進んでいった。
これならばあと7時間もすれば終わるかもしれない。余裕のできてきた私は再度今行った祓いが今までちゃんと行えてたのか確認することにした。霊は完全に散らすことができたようなので、札を全て回収してカバンの中へしまった。ミリア1人に荷物全部を運び出させるわけにはいかないので彼女と一緒に残りの荷物を持って作業を続けることにした。
私はこれから行う手順を確認しつつ2人で倉庫内を片付けていく。荷の整理があらかた終わった頃にはすっかり夜になっていた。私とミリアは埃まみれの体を引き摺るように屋敷へと帰った。道中は疲れ果てていたのもあって会話という会話は無かったが…心なしか彼女は満足そうに見えた。「もうこの時間はみんな寝ちゃったか」と一言こぼして風呂に入って眠りについた。
――朝が来た。今日もまた一日が始まる。珍しく私は体を起こすとすぐに支度を済ませて部屋を出る事にした。すると廊下でミリアと出会ったので軽く挨拶を交わしつつ一緒に食堂へ向かうことにした。今日のメニューは何だろうと思いながら扉を開けるとそこには何やらニヤニヤしてるヒバリの姿があった。また仕事じゃないだろうなと身構えてる。私が怪訝な顔をしているのに気づいた彼女は説明をしてくれた。どうやら予想は的中らしい。知人の大切な家族写真に霊が取り憑いているらしい。
映ってる人たちが踊り出したり、変なポーズを取ったりするらしい。別にそれぐらい良いじゃないとも思うけど、もう1日ぐらい働いても死にはしないので了承した。ヒバリは嬉しそうな顔をした後、すぐに出かける支度をするからと言っておそらく写真を受け取りに行くために何処かへ行ってしまった。私とミリアは朝食を終えて身だしなみを整えた。私は事前に準備を済ませようと自室へ戻り、ミリアはメイドらしく窓の掃除を始めた。