君は眼鏡の悪党
フロスティは、犯人の行動が腑に落ちない。
「せっかく贋作作ったのに、わざわざ布製に変えた上で黙らせて。解呪しなきゃ銘も見られないようにして。これメリットありますかねえ?喋る剣のほうが売れそうですよ?」
「嘘しか吐かないんじゃあ、買う人なんかいないでしょうよ」
「失敗作なんですかね?」
「それかダスティに恨みでもある奴なのか」
「評判を落とそうと?」
「その線かな」
そこまで話して、フロスティはジロリと青年を見た。
「やっぱり、旦那のもんじゃありませんよね?なんで欲しがったんです?」
青年は気まずそうに腰を伸ばしてソッポを向いた。
「まあ良いですよ。旦那の事情はどうでも」
「寂しいなあ。興味持ってくださいよー」
青年は揶揄ってくる。フロスティは無反応で言葉を継ぐ。
「しかし、贋作かあ。ダスティは知ってんですかね」
「さあね」
青年はわざとらしく袖から手を出してみせた。中指の赤い蛙がキラリと朝日を反射する。フロスティはエメラルドの眼を輝かせて青年の手を凝視した。
「その指輪、大丈夫なんですか?」
「指輪?」
「旦那が見せびらかしてる変身の呪術道具ですよ」
「ああこれ?」
「それですよ。それしかないでしょ。何でまた毒と変身なんかを」
「これの作者、道具師さんじゃなかったんですねぇ」
青年はガッカリして不満そうな声を出す。フロスティは贋作の話との関連性を考える。
「まさか贋作作りがあたいだと思ってんですか?」
「そうじゃないですよ」
「でもそれ、ダスティの贋作なんでしょう?」
「分かりません。可能性はあるなと思いますが」
「カビの犯人の作品とは思えませんけどね。仕込まれた呪いが高度すぎる」
「ええ。ガルールスの作者とも違いそうです」
「ガルールス本来の呪いは、単純に物が喋り出す呪いみたい。カビと同じで、単純で初歩的な呪いですね」
「そのようですな」
「ちっ、こっち向けよ。気まぐれな呪術師どもめが」
ガルールスは相変わらず1人で喋っている。2人は構わず会話を続けた。
「もしかしてその指輪、ご自分で指に嵌めたわけじゃあないんで?」
「当たり前でしょう。夜の間毒ガエルになるだけならまだしも、蛙の毒が指輪からじわじわ染み込んで、ゆっくり死ぬような呪いがついてるんですよ?」
青年は苛々と声を尖らせる。
「旦那ほどの手練れがそんなもん付けられちまうなんて」
青年は苦々しく顔を歪めた。そんな顔をしても若い女性がときめきそうだからタチが悪い。最も、フロスティは涼しい顔だったが。
「昼寝から覚めたら蛙になってたんですよ」
部屋を跳ね回って鏡に姿が映った時に、毒ガエルだと気がついたとのことだ。
「あたいを疑ったのはどうしてです?」
「こんな珍しい道具、さぞかし高名な職人の手による物でしょうからねぇ」
「そいつぁどうも。でも、そんなの作ってないですよ」
「これ、外れないから職人のサインがあるかも分からなくってねえ」
フロスティは疑いの眼を向ける。
「ガルールスって名前、玩具化の呪いがかけられた状態で言い当てたじゃないですか。その方法で解らないんですか?」
「あれは真贋眼鏡で覗いた時にたまたま見えたんですよ」
「そしたら、指輪の作者だって見えるんじゃないですかい?」
「もう試しました。見えませんでしたよ」
「手がかりなしですかい」
「道具師さんの噂は聞いてるんでね。作者の可能性があるんじゃないかなあと。それで後を付けさせて貰ったんですよ」
「いつからあたいの後を付けてたんです」
フロスティは目を吊り上げる。
「数日前?」
「ちょっと」
フロスティの眉間に皺がよる。
「あたいを疲れさせて捕まえやすくする為に、くだらない呪いをこの町にばら撒いたんじゃないでしょうね?」
「怖いなあ。睨まないでくれたまえよ」
「ばら撒いたんですか?」
「全部じゃあないですよ?」
「ばら撒いたんですね?」
「悪かったですよ。餌を多少撒いたのは認めます。でもこれ、道具師さんじゃないなら、ダスティくらいしか心当たりないんですよねぇ」
青年は節くれだった指をひらひらと振った。
「ガルールスが贋作だってことが見えて、道具師さんは贋作の作者じゃないと判って。それなら、ダスティが贋作を作られた報復でもしたのかなって」
「ダスティが、贋作を旦那の作品だと思った、ってことですかい?」
「それも変ですなあ」
「変ですか?」
「ダスティも私が道具を作らないことくらい、知ってると思うんですよねぇ」
「あれ、交流はあんですか」
「まあ、ちょっとは?」
フロスティは嫌そうに笑顔を崩した。それを見た青年は、嬉しそうに頬を緩める。
フロスティは、会話にも飽きてそろそろ帰りたそうな素振りを見せる。早く立ち去らないと、巡回当番がやって来てしまう。
「ダスティと喧嘩でもしてんですかい?物好きな」
「違いますよ。さっきもちょっと言ったけど、これほどの道具は、高名な道具師のフロスティか凄腕呪術師ダスティくらいしか使えないでしょう?」
「確かに、一般人が使うにゃ呪いの対価が高すぎますね」
「呪いが成就した暁には、使った人も死んでしまうみたいですよね」
「そこまで分かってんのに、解呪も出来なくて作った奴も見つからないんですか」
「キツイですねえ。でも、道具師さんを見張ってたお陰で見当はつきましたよ」
青年はフッと口角を上げる。
「ダスティですよね」
「多分」
「贋作じゃなくて、その蛙は真作」
「まあ、そうでしょう」
「旦那が寝てる間に嵌めて呪いを活性化したのも、ダスティ」
「そう考えるのが自然でしょうね」
「ダスティはこだわりが強い奴だから」
「ええ。自分の作った道具を他人に使わせたりはしないでしょうよ」
「やっぱり、贋作を造ったのが旦那だと誤解したんですかね?」
青年はクスリと声を漏らす。
「ループしました」
フロスティは盛大に顔を顰めた。
「旦那、暇つぶしならよしてくださいな」
「こりゃ失礼。本当に困ってましてね」
「本当に自分じゃ取れないんですか?」
「強力な呪いのアイテムなので取れないですよ」
「取れたらくれます?あ、解呪の費用は別途いただきますけども」
フロスティは俄かに商機を嗅ぎつけた。作者も犯人も分からなくていい。解呪の仕事と珍しい道具が一度に手に入る好機だ。逃す手はない。
「おいおいおふたりさんよう、ガルールス様のことを忘れちゃあいないかい?」
しばらく黙っていたガルールスがまた喋り出した。
「忘れてた」
「薄情だねえ。全く、呪術師って奴ぁ飽きっぽくていけねぇや。思いつきで道具を作って、思いつきで人を呪って、忘れちまう。好奇心でいろんな呪いに手を出して、道具を集めてみるものの、あっという間に興味がなくなる。嫌な奴らだぜ。大っ嫌いだなあ」
「おお、辛辣ですねえ。けどガルールスは嘘つき剣ですからね」
「つまり、呪術師好きなの?」
「とんでもねぇぜ。呪術師ほど嫌いな奴らはいねえよ。せっかく作った賢いかっこいい高貴な俺様を、あんな玩具にしやがって。脈絡もなく玩具屋に放り込んだきり、回収にもきやぁしねぇでよ。頭にくる。好きなわけあるか」
ガルールスのツンデレ愚痴によって、あっさり玩具屋に剣があった理由が知れた。そこでフロスティは、思いつきで訊いてみる。
「ガルールスの作者ってさ、他にも贋作作って適当に呪ってんの?」
「んん?さてなあ。他の奴らなんてしらねぇなあ。アトリエにゃ俺様ひとりだったしなあ」
「たくさんあったんだね?」
「ねえよ。何聞いてんだよ、全く。俺様ひとりだけだって言ってんだろうが」
ガルールスが躍起になって否定するので、聞き手の2人は贋作が量産されていることを確信した。
「未熟な作者が未熟な呪いをばら撒いた上に、ダスティに濡れ衣を着せようとしたんだね」
「最近回収した品物にダスティの贋作はありましたか?」
「いや?本物は今日ひとつ回収したけど」
「ガルールス、お仲間には作者の名前が書いてあったかね?」
青年はお喋りな剣に確かめる。
「しらねぇよ。だいたい俺様にお仲間なんていねぇんだよ。何回言ったら分かるんだ。他にご主人様の作品なんかいねぇの!」
「ガルールス、カビはどうなの?カビを生やす道具はアトリエとやらにいた?」
「居ねえつってんだろ!俺しかいなかったの!しつけぇなあ。これだから呪術師は嫌ぇなんだよ」
「居たんだね。思ったとおりだよ」
「お粗末なカビの呪いは、ガルールスの作者がやったんですか」
「なんだと。ご主人様はお粗末じゃねえぞ」
「あ、自分で言っちゃってる」
「ガルールス、嘘つきだけど正直者ですね」
ガルールスは、嘘しか言えないのである。つまり、ガルールスも作者がお粗末だと思っているのだ。
「けど、適当に呪ったって。玩具屋と川船運輸業者の諍いとは無関係だったんだね」
「連中、血眼になってカビの犯人探してやがるから、捕まるのは時間の問題ですね」
「玩具屋のほうは、呪われたらその度に対処すりゃいいと思ってやがる」
「悪党め。呪われようが気にせず踏み倒してくつもりですか」
「そうでしょうねえ。ありゃ反省しないだろうよ」
ともかくも、カビ事件は間もなく解決するだろう。
「悪党だなんて言うんじゃねえよ。そう言うあんたらはどうなんだい?さぞご立派なお仕事をなさってんでしょうなあ」
「ガルールス、話しかけられた時以外は黙ってろ」
フロスティは感心した。
「見事なもんですねぇ。言葉がそのまんま呪いになるなんて、鮮やかで便利で言うことないな」
「でしょう?」
青年は口が裂けそうなくらいニヤリとした。
「そんじゃ、ご縁があったらまた」
「えっ、待ってくださいよ」
「いい加減帰んないと。巡回当番来ちゃいますんで」
フロスティは膝を曲げて屋根に跳ぶ。青年もついて来た。
「指輪、解呪出来ませんかね?」
「ご依頼とありゃあ、時間かけて旦那が死ぬ前にゃ解呪出来るかも知れませんけど」
「お願いしますよ」
「どっちにしたって、今はそんな暇ないですよ。早く帰んないと」
フロスティは足を速める。青年は黙った。
しばらく走ってから、青年がまた話しかけてきた。
「道具師さん、ひとつ質問があるんですけど」
「なんですよ?」
「全身それだけ凄い呪いだらけで、対価はどうなってるんですか?」
「あたいが普通の速度で一歩歩く間に伸びただけの、あたいの髪の毛を対価に設定してるよ。どの道具でも同じですよ」
「それ、自作のことですよね?集めた道具も使うんでしょう?他の人が作ったやつ」
「他人の作品を使う時には、対価を上書きしてから使う」
「はははっ、抜け目ないなあ!」
青年は心底楽しそうである。そうこうするうちにフロスティの家が近づいてきた。
「まだ着いてくんですか」
「これ、解呪してくださいよ。相場で支払いますし、道具師さんなら外れた指輪は差し上げますよ」
「本当にくれます?こんな珍しい指輪、旦那も興味あるんじゃないですかい?」
「病気や厄介ごとは御免ですからな」
「あんた自身が厄介ごとでしょうが」
フロスティは思わず声に出して言ってしまった。いい加減相手をするのに疲れてしまったのである。
「ダスティに目をつけられる奴なんて、一体普段何してんだか」
「何でも?」
「人助けもですかい?聖術師をやめちまっても善行とやらに励むもんなんですか」
「うーん、少なくとも、気に入らない人を踏みつけて喜ぶような小悪党じゃないですよ」
青年は言葉を濁す。少なくとも、ガルールスは強引に手に入れていた。何に使うつもりなのか分からないが、さっさと自分のものにしてしまった。聖術師は真面目で良い人たちだ。それが合わなくてやめている。善人ではないだろう。
「何でもねぇ」
「ククッ、気になりますか?」
とうとう、フロスティが住む集合住宅の屋根に着いた。ふたりは立ち止まる。
「呪いを解いてくれたら、お礼をしますよ」
「何してくれるんです?」
小悪党からお礼なんか受け取ったら、それをネタに譲られるかも知れない。だが、この青年はそんなせこい手は使わないだろう。利用するならもっと大胆にやるはずだ。
「家に古いアクセサリーがたくさんあるんですよ。好きなの選んでくれたまえ」
「ちょっと」
「なんです?」
「危ない呪具を探すなら料金頂きますけど?」
「違うって。プレゼントですから」
「ふうん?」
「とりあえず、どんなのがあるか見てって下さいよ」
「今は帰りますよ」
青年はニタリと笑う。
「もう着いてます」
「え?」
「ここ、私んちの屋根ですから」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「ここ?」
「ほら、見えるでしょ?この下の空いてる窓、あの部屋です」
「間違ってない?」
「本当ですって」
「……」
フロスティは固まった。
「さあ、入りましょう。あ、私、フリッツといいます。今後ともよろしく」
「何よ、隣じゃないの!見張ってたの?」
「どうでしょうねぇ」
「指輪、解呪してんでしょ?窓から人が出てくの、夜中に見ましたよ」
「あ、それは犯人。呪いを解けないのは本当です」
「ゆっくり死んでくのも?」
「解呪出来なければね」
ニッ、と笑うともう一つ付け加えた。
「まあ、こっちも黙っちゃいませんけど?犯人は確定したみたいですしねえ」
「生き生きしてんなあ」
「楽しいでしょう?仕返しの時間ですから」
「はああ、悪い奴だねえ」
「何言ってるんですか?あなただって、呪いが楽しいから道具師やってんでしょ」
お読みくださりありがとうございます
完結です
春推理2023の検索条件は、
初回掲載日
完結
なので、期間内に初回掲載していれば完結と同時に一覧に載ります
投稿規定には完結済があるため
投稿した瞬間に0:00になったので、ギリアウト
実はこの作品、非正規参加作品です
タグを外そうか迷いつつ、とりあえずはそのままです
春推理、そもそも推理ジャンルじゃないやつも沢山ある
とはいえ、期間内完結タッチの差で逃したのは残念でした
◆
感想返信を編集しようとして、いただいた感想そのものを削除してしまいました。感想を下さった、菱川あいず さんにお許しをいただき、割烹にて以下の感想を転載しております。菱川さん、広いお心でご対応下さり、ほんとうにありがとうございました。
以下「戻る」で確保した感想
作者は感想の新規投稿操作を行えない為、こちらに保護しておきます。
○引用ココカラ○
文章のテンポがよく、地の文と会話文のバランスが良いなと思いました。
まあ、表彰もないユルイ企画ですので、タグはぜひ残していてください笑
○引用ココマデ○