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酔客はカビの噂を語る

「はいよ、手間賃」

「助かるぜ」


 フロスティが取り継ぎ料として支払うのは呪術道具だ。液体に入れると温度が下がる呪いをかけるキューブである。これは消耗品だ。使用回数はひとつあたり一回、酒を飲み干すくらいの間で効果が切れる。呪いの対価は一回あたり、デザート一食分。それを革袋に数個詰めてカウンターの上に出す。


 呪術道具なのでこのキューブも違法だが、懐具合にゆとりのある貴族たちに人気の品だ。対価用に雇った使用人を抱える貴族も多い。例えばこのキューブを使う時ならば、デザートを我慢するのは使用人である。


 本来使用人にデザートなど供されないが、対価用の使用人は、対価のために様々な権利を受け取っている。実際にはすべて対価として呪術に支払われるので、この使用人が特別な物や待遇を受け取ることは永遠に無い。


 キューブは、店で使う道具ではなかった。この店の酒は冬に冷たく夏には温い。親爺は貴族相手の闇商売をしているのである。



「おい、フロスティ。玩具なんか持ってどうしたんだ?」


 親爺とのやり取りが終わるのを待ち構えていたように、髭面の若者が話しかけてきた。暗い赤毛が大きな頭と四角い顔にモジャモジャと渦巻いている。


「呪われた玩具だよ。回収して来たのさ」

「へーえ、目抜き通りの玩具屋かい?」

「よく分かったね」

「そりゃ、あの店の親爺は呪われたっておかしくねぇからな」

「ガメツイから?」


 フロスティはおどけて呪われた剣を揺らす。


「ああ。色々とな。ついこないだも、抜け荷を頼んどきながら支払いを誤魔化したとか、なんとか」


 抜け荷とは、密貿易のことである。


「へーえ?」


 フロスティが食い付いたと見て、髭の男はキョロキョロと辺りを見回し声を潜めた。


「よその国から取り寄せる珍しい玩具の中に、金持ち向けのやべぇ品物を紛れ込ませて運んでるって噂があんだよ」


 フロスティは、三日月銀貨の受け取りをした時に気がついた鍵穴の蓋を思い出す。


龍牙(りょうげ)?」

「しっ!はっきり言うなよ、くわばらくわばら」



 玩具に紛れさせて密輸しているのは、国際禁猟指定生物であるドラゴンの牙だった。元々貴重なドラゴンの、一生に2本しか生えない牙。特殊な魔法技術で彫刻が施され、装飾品や家具になる。


 ドラゴンの牙ひとつひとつは、大人の男がバンザイして立ったくらいの長さがある。それだけ大きいと使い手はあるのだが、人の欲望は限りない。乱獲されてドラゴンは絶滅が危惧される迄に減ってしまった。


 そんなものを密輸入する真っ黒い仕事をさせながら、支払いを渋ったのだという。報復として呪いの品が送られたとしても、なんら不思議ではない。



「けど、たかが金銭トラブルにしちゃあ、けっこうシツコイ感じの呪いだよ?」

「そうなのか?」

「他に何か聞いてない?」

「他に、他にねえ」


 髭の男は噂好きだ。手にした小さな金属タンブラーをキンと弾いてニタリと笑う。フロスティはチラリと呆れ顔を見せたが、すぐにカウンターの中へと声をかける。


「親爺さん、こちらにおかわり上げてくんな」

「はいよ、まいどー」

「さすがフロスティ、話が分かる女だぜ」

「そういうのいいから。で、何を知ってんのさ」


 男の前におかわりが来た。きつい酒の匂いがしている。男はヒョイとタンブラーを唇まで持ち上げる。それから目を閉じて、旨そうに喉を鳴らした。



「で?」


 フロスティが返事を急かす。


「慌てなさんな」

「もったいぶるんじゃないよ」


 エメラルドグリーンの瞳が責めるように光る。髭の男は、カンと音を立ててタンブラーを置いた。それから徐に口を開く。


「ちょうどそのタイミングで倉庫の壁にカビが生えたんだってよ。突然、一斉にな」

「どこの倉庫だい」


 フロスティはカビだらけだった倉庫街を思い起こしながら質問を重ねた。


「それがよ、いっぺんに、全部だ」

「いっぺんにか」

「いっぺんにだ。川の荷運び業者たちが相談して、聖術師様にカビを落として貰ったんだが」

「ほう」

「落とす側から生えてくんだとよ」

「えっ、そうなの?」


 フロスティは思わず声を上げた。



「そう。だから呪いだろう、ってアタリをつけてさ。今聖術師様がたと運輸業の狸共が犯人探しで躍起になってるんだってよ」

「聖術師たちも?」

「浄化が効かないなんて、面子丸潰れだからな」

「違法行為なのに、治安維持部隊じゃなくて聖術師たちが捜査してんの?」

「帝国のお偉いさんに、呪術師に負けたなんて知られたくねぇんだろ」

「負け、かぁ。確かに負けかもね」


 聖術は、名前の通り(きよ)い技だ。純粋な心で正しいことを行う。同じ超常の力でも対価を払って摂理を捻じ曲げる呪術とは、根本的に相入れない。生えたカビを無くすという結果が同じでも、その過程はまるで違う。


 呪術師が呪いを無効化する為には、何らかの道具を使い対価を払って解呪する。解呪もまた、「呪われない呪い」なのである。



「聖術師たちは解呪じゃなくて、浄化だもんね。呪いを洗い流して消す技術」

「結局一緒じゃねぇの?」

「あたいらはそう思うんだけどさ。聖術師たちにそんなこと言ったら、激怒されちゃうよ」

「聖術師様がたも怒るんだ?」


 髭の男が意外そうな声を出す。


「あの人らだって人間だからね。真面目な良い人たちだけど、怒るし泣くし、落ち込んだり競い合ったりもするよ」

「ふうん。そんなもんかね」

「あんた、さっき聖術師たちが負けたから犯人探してるんじゃないかって言ってたろ」

「え?ああ、言ったかもな」

「聖術師たちは、呪いを洗い流せなくて悔しかったんだろうさ」



 フロスティは、倉庫の壁にかけられた雑な呪いを思い返す。解呪を阻害する呪いはかかっていなかった。呪う力も弱く、自然に消えてしまいそうだった。しかし、聖術師が手こずるしつこさだという。フロスティは、なぜだろうかと考えた。


「浄化阻害も解呪阻害もかかってなかったしなあ」

「倉庫街のカビなあ」


 手が空いた親爺がフロスティたちに寄って来た。小休憩なのか、泡立つ黄金の酒なんぞを嗜んでいる。


「あれこするの、俺も手伝って来たぜ」

「落ちたのか?」

「落ちねぇよ。だからフロスティんとこに依頼がいったんだろうが」

「人力も試したのね」

「高いところは、倉庫街の魔法使いにも手伝って貰った」



 親爺の発言には、髭の男が飲み込めない顔をした。


「そういや、魔法使いってのもいるよなあ。聖術師と何が違うんだ?呪術は使わねえんだろ?」

「魔法使いたちの技には対価がいらない。その代わり、呪いに関しては無力なんだよ」

「へえ、呪いを消せないのか」

「それ以外は、だいたい呪術とおんなじだけどさ」

「ん?聖術じゃなく?似てるのは呪術の方なのか?」


 フロスティは乱暴な説明をした。同じなのは、結果だけである。呪術師やその道具職人たちは、結果さえ同じならば過程は気にしない。違いを認識していても、感覚としては同じだと思っているのだ。


「聖術ってのは、とりあえず何でも綺麗にする技なんだよ。魔法も呪術も、そこは全く違う」

「へー?やっぱりよくわかんねぇ」

「魔法使いの物理ブーストした掃除でも、聖術師の浄化でもどうにもならない呪い。なんだろうなあ」


 フロスティは頭を抱えて考え込む。


「とにかく、何したってカビが一面に生えて来るんだから、体にも悪そうだぜ」

「それだ」


 親爺の投げやりな言葉に、フロスティはがばと跳ね起きる。


「とにかくカビが生えるだけの呪いか!」



 フロスティは脱力して、はぁ、と大きく息を吐き出した。それから木製のジョッキを一息に煽る。


「雑で幼稚で、めんどくさい!子供か!」

「呪いってやつぁ、厄介なもんだなぁ」


 髭の男が面白そうに言った。この男は完全な部外者である。問屋とも倉庫街とも運輸業者とも関係がない。密輸にも関わっていないし、目抜き通りの玩具屋との取引もしていなかった。野次馬なので、噂が楽しいのである。



「それでよ、川船の連中は、ちょうど揉めてた玩具屋が怪しいって息巻いてたぜ」

「それいつのこと?」

「ううん?何日か前だったと思うが」

「呪いの痕跡を観ると、この剣が玩具屋に来たのも何日か前なんだよねぇ」

「やっぱり報復か?」


 髭の男は眼をキラキラとさせる。


「さあね。はっきりした関連性は今んとこ何にもないよ」


 今のところは何の証拠もない。倉庫のカビと玩具屋の剣は、別の事件かもしれないのだ。



「なんだ。つまんねぇ」

「こいつを調べてはみるけどね」


 布製の剣も倉庫街のカビと同じように、それぞれの呪いは単純なのだ。執拗に重ねがけしてあるだけである。この重ねがけというものが面倒なのだ。水で張り付いてしまった薄い紙をを1枚1枚慎重に剥がして行くように、丁寧に解呪してゆく必要がある。


「すぐ分かりそうか?」

「けっこう厄介なんだ」

「へえ?じゃあ、単純だっていう倉庫のカビをかけたやつとは違う優秀な呪術師かもな?」

「どうかなあ」

「なんでぇ、歯切れの悪い。どっちなんだよ?」

「表層の呪いを解く時に下のやつを傷つけちまうと、暴走したり新しい呪いが生まれたりすんだよ」

「うぇー。やべぇな」


 髭の男はモジャモジャの中で眼をまるくした。


「やべぇのよ」


 フロスティは、布製の剣の真紅に染まった鞘を撫でる。


「簡単じゃあるけど、面倒くさいんだよ」

「解呪すると、術者が分かんのか?」

「そう単純にはいかないけどね」

「けど、何かは分かんだな?」

「まあね。呪いの癖とかさ。色々あんのよ」


 要求された対価を読み解く技術はある。フロスティは一流の呪術道具職人だ。また、道具の材料を調べる道具もある。そこから癖を見つければ、作り手や使用者の候補くらいまでには辿り着ける。


 とはいえ、ダスティのようにサインまで入れる呪術師や道具師は少ない。フロスティも自分の道具に名前など入れない。なぜなら、呪術は違法行為だからだ。容易に足が付く行為は避けたいのである。


「そんだけ大変な思いしても、犯人がはっきりとは分からないのか」

「製作者と呪術師にアタリをつけたら、そいつに真実しか言えない呪いの道具を使えば、すぐ捕まるだろ」

「え、そんな道具まであんのか」

「当然違法だから、証拠としては認められないけどな」

「だったら、別の証拠見つけるほうが早いか」


 髭の男はすっかり探偵気分である。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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