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玩具屋は引き出しを開ける

 玩具店には、貴族や富裕な市民層が子供や孫に買い与える品々が陳列されている。昼間は、高価なビスクドールや精巧なドールハウスを求める紳士や、貴族の使いが訪れるのだ。本物の毛を植え込んだ犬のぬいぐるみは、大きさも実物大だ。本物そっくりな小さい馬車は掌に載るサイズだが、車輪が回り扉も開く。ちょうど良いサイズの馬は、魔法で走る新商品である。


 床には木馬や子供用の美麗な椅子が置かれている。その間をひらりひらりと飛び越えながら、布製の剣は動き回っていた。


「動くだけですか?」

「ええ。こうやって歩き回るだけです」

「布ですし、音はしませんね」

「静かなもんですよ」


 フロスティは今度も透明な球を通して呪いを観察する。目にも鮮やかな真紅の鞘に、透明な縫い取りが浮かび上がった。呪術に使う紋様が不規則に刺繍されているようだ。



「うーん、こりゃ随分とまあ、悪趣味だねぇ」

「何か解りましたか?」


 緑のベストを着た店主は、不安そうにフロスティを見た。見返すエメラルドグリーンの瞳には、うんざりしたような色がよぎる。


「確かに呪いです。単純な呪いが数種類かけられてます」

「やはり呪われた品ですか」

「はい。ただ、単純な割には解呪の阻害が厳重に施されていて、この場ですぐに呪いを解くのは難しそうですね」


 杏子色の細い眉がぐっと寄せられ、嫌悪の色がフロスティの顔に広がる。


「お預かりして調べさせていただけますか?」

「あの、気味が悪いので差し上げます」

「え?」


 店主の申し出に、フロスティは戸惑った。



「その、この剣でお支払いとさせていただきたいのですが」

「依頼品がお代ですか」


 フロスティは困惑した。こんな申し出を受けるとは、思いもよらないことだった。回収依頼を受けることはよくある。そういう場合には、呪われた品物や呪いの道具を持ち帰るのだ。しかし、依頼料は当然別途支払われていた。


「私もそこそこ道具師を続けて来ましたが、依頼品そのものでお支払いなさる方は初めてですよ」

「ダメ、でしょうか。この剣を依頼料に替えるのは」


 店主は恐る恐る繰り返す。フロスティは店主をまじまじと見た。それから、高級玩具が所狭しと展示されている店内を眺めた。


「失礼ながら、困窮しているようには見えませんけど?」

「ええ、まあ、お陰様で」

「なんでまた、依頼品で支払おうなんて思いついたんです」

「あ、いえ、呪術師さんには貴重なお品物なのかとも思いまして」



 フロスティは呆れてしまった。なんだかんだと理屈をつけて、玩具屋は代金支払いを逃れようとしているのだ。ここの店主は子供に夢を売る人物だが、商売人には違いない。少しでも出費を減らそうという意地汚さを持っている。


「玩具屋さん、なんか恨みでも買ったんじゃないですか?」


 この剣が玩具店に来た経緯は、全く聞いていなかった。剣にかけられた呪いは厳重に解呪が防止されている。余程恨んでいる人の仕業ではないだろうか。


 現状は、布で作られた玩具の剣が夜中に歩き回るだけだ。しかし、噂にでもなったら商売がやりにくいだろう。大事な子供へのプレゼントを呪われた店で買おうとは、まず思いつかないに違いない。当然、店は傾いてゆく。


「いや、心当たりはありませんなあ」

「お知り合いで、こういった品物に興味をお持ちの方はいらっしゃいませんか?」

「呪われた玩具にですか?」

「そうです」

「いやあ、特に、そういう人は知らないなあ」


 もし心当たりがあったとしても、話す気はなさそうである。


「手がかりが何ひとつ無いんじゃあ、どうしようもないですね」

「持ってちゃっていただければ、犯人なんか判らなくたっていいんです」



「犯人探しは、あたいの仕事じゃ無いんで知ったこっちゃありませんよ。でもね、」


 ふっ、とフロスティは表情を緩めた。


「犯人を放置したら、この剣を持ち帰ってもまた新しい呪いの道具が置いていかれるんじゃないですかね?」


 フロスティは言いながら、白蛇皮の手袋を取り出す。


「解呪されない呪いが何重にもかかってますけど、試しにひとつ、解いてみますか?何かしら判るかも知れませんよ?ひとつにつき皇帝金貨一枚いただきますが、どうします?」

「何ですって?6頭だての高級馬車が一台買える値段じゃないか」


 玩具屋は眼を剥いた。


「別に夜中歩き回るだけなんだし、お嫌ならそのまんまでも構わないですけどね」

「私といたしましては、その剣をお持ち帰りいただくだけで結構なんでございますけどねえ」


 玩具店は図々しかった。


「持ち帰るにしても、お代は発生しますよ? こちらも大っぴらには使えない道具で調べてますしねぇ」


 フロスティが愛らしい円い眼で、にこにこと玩具屋の主人に詰め寄る。店主はうっ、と低い声を漏らして半歩退がった。



「あたいだって危ない橋を渡ってんです。玩具屋さん、そのあたりは織り込み済みだったんじゃないんですか?」


 呪術もその道具も、違法である。呪われた品物を発見したのなら、本来は帝国治安維持部隊に通報すべきなのだ。それを、裏社会の呪術道具師に依頼したのだから、そもそも何かしらの後ろ暗さがある筈だ。


「少なくとも、回収費用はいただかなくちゃ、割にあいませんよ」

「あなたも頑固なお人だねえ」


 玩具屋は深緑のベストに包まれた太めの身体を嫌味っぽく反らした。



「玩具屋さん、あたいの依頼主にゃぁここのお客さんもおいでじゃないかと思うんだけどなぁ」


 フロスティはまた、ふふっと笑う。王侯貴族こそ呪術の応報は行われているのだ。時々フロスティにもそういう依頼が来る。


「お客さんだけじゃなくてさ、スポンサーとか取引相手とかもいるかもね」

「お嬢さん、穏やかじゃあありませんな」


 玩具屋の笑みが悪辣に歪む。


「そんなに気が大きいと、危ないですよ」

「ご忠告痛み入ります」


 フロスティはぺこりと頭を下げる。そして可愛らしい笑顔を崩さずに、淡々と告げた。


「回収だけですと、この程度の道具なら三日月銀貨3枚でいいですよ」



 三日月銀貨はここクレセントチャント伯爵領限定の流通硬貨である。最新のレートでは皇帝金貨1枚が三日月銀貨100枚だ。フロスティの住む裏町では、ついぞ見かけることのない貨幣だった。裏町では物々交換が基本であり、ごく稀に青銅や骨片で出来た小銭が流通している。


「呪いってね、けっこう厄介なんですよ?」

「そのようですな」

「なんだ、ご存知?」

「だからこそ、道具師さんにお願いしたんじゃないですか」

「そしたら、ちゃんとお支払いいただかないと」

「ですから、現物で」


 玩具屋は不躾な視線をフロスティの全身に走らせる。


「三日月銀貨なんかお持ちになったら、強盗かと疑われてしまわないかと心配なんです」

「申し上げましたでしょう?あたいの依頼主さんには、いろんなお方がいらっしゃいましてねぇ」


 フロスティも負けずに無礼な物言いをする。しばらく無言で睨み合った後、とうとう玩具屋が溜め息を吐いた。



「はぁ、解りましたよ。ちょっとお待ちを」

「お解りいただけましたか」


 店主が奥の部屋へと向かうので、フロスティもぴたりと後に着いて行く。


「道具屋さんはここでお待ちいただければ」

「いいえぇ、お戻りになるお手間は取らせません。半道節約しましょうよう。お代をいただければ、すぐお暇致しますから」


 玩具屋の頬が引き攣った。それからはもう何も言わず、奥の部屋にフロスティを案内した。どうやら事務室らしく、重厚な彫刻のある机や棚が整然と並んでいた。その部屋にあるどっしりとした机から、店主は、三日月の模様が刻印された銀色の円い貨幣を3枚取り出した。


 フロスティは三日月銀貨の入っていた引き出しをじっと見る。鍵穴に風変わりな蓋が付いていた。



「まだ何かありますかな?」


 フロスティの視線に気付き、苛立ちを抑えた店主が聞いた。


「あーいえ、珍しい形の鍵穴隠しですね。ドラゴンですか?あんまり家具には使わないモチーフですよね?素材も変わってる」

「よくご存知で」


 店主は足速に部屋の入り口まで行くと、ドアを開けてフロスティに退出を促す。


「さあ、お帰りはこちらです」

「はいよ、退散致しますよ。そんじゃコイツも貰って帰りましょうかね」


 フロスティは白蛇皮の手袋を外し、銀貨をしまうと布製の剣を素手で掴む。店主はギョッとした。


「お嬢さん、まさかあなた」

「ひとつ申し上げときますけどね、あたいは狂言なんざしませんよ」


 にこり、とエメラルドグリーンの瞳を細め、若い呪術道具師は釘を刺す。


「おかしなこと仰っちゃあいけませんや」


 ずい、と店主の方へ布の剣を突き出すと、フロスティは暇を告げる。


「それじゃ、玩具屋さん、くれぐれもご用心をね?」

「道具師さんも、道中お気をつけてお帰りください」

「また呪われたらお呼び下さーい」

「ええ、それでは」



 フロスティは黒いマントを翻し、真夜中の町を走り回る。玩具屋を出たあとは、もう厄介な依頼はなかった。細々した呪いの案件をこなす。依頼は町中に散らばっており、フロスティはヘロヘロに疲れてしまった。


 最後に場末の居酒屋に入る。ここへはきちんと正面ドアを開けて足を踏み入れた。安い油を古布に染み込ませただけの小さな灯りに照らされた、薄暗い店だ。粗野な酔客の哄笑が響き、古ぼけた竪琴を鳴らす貧相な詩人の濁った声が漂う。


「ようフロスティ」


 奥の薄闇から濁声が迎えた。数歩でカウンターに突き当たる。5人ほど並べるカウンターには、飲食物を溢したシミや、灯りを倒した焦げ跡や酔客の仕業か刃物で刻んだ落書きがある。


「どうも、親爺さん。何か来てる?」


 フロスティは、巾着袋をカウンターに載せた。親爺は中の木札を確認しながら、手元のリストにチェックを入れる。確認が終わると、素早く銀貨やら物資やらを揃えて木箱に詰めてよこした。


「それがよ、今日もずいぶんと来てんだぜ」


 木箱を手渡しながら、親爺が疲れた声を出す。


「またぁ?」

「呪術師連中が戦争でもおっ始めんじゃねえの?」

「聞いてないなあ」


 フロスティは形ばかり飲み物を注文すると、カウンターに立つ小太りな禿げ親爺から小袋を受け取る。片手で握れば隠れる程度に小さな麻袋である。掌に乗せられると、カチャカチャと木片がぶつかるような音を立てた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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