24、なつかしく、新しい暮らし【2】
「お嬢さま、お庭にお茶をお持ちしますね」
リタに促されて、ジークさまとわたしはお庭のガゼボに向かいます。
結婚しているから「奥さま」では? と以前、伝えたのですが。リタも使用人も顔を見あわせて困ってしまったようなので、お嬢さまのままになっているんです。
園丁のおじいさんが丹念に育ててくれた植物、うすむらさきの星のような花を咲かせるカンパニュラの群生、華々しい白の花を枝いっぱいに咲かせるマグノリア。
秋には小さな実をつけるクラブアップルの可憐な白。
風に吹かれる草は、まるで草原のよう。そのなかに、愛らしい小花が咲いているのです。
そして、ジークさまの家のお庭で、わたしが育てた花も鉢植えにして持ってきています。
「妙な感じです。もう自分でお茶を淹れなくてもいいなんて」
「そうだな、俺の家で暮らしていたときは、クリスタが用意をしてくれていたものな」
ガゼボの椅子に向かいあってすわったジークさまが、そうおっしゃいます。
「えっと、その正確にはちがうんです。この家にいたときも、わたしはお湯を沸かしたりお茶を淹れたりしていたので」
モニカがいた頃は、もっとうちは貧しくて。
必要以上にモニカが分不相応な贅沢をしていたせいで、さらに暮らしが厳しかったのだとわかります。
彼女は、かなり以前からデニスに金品をねだっていたそうです。
デニスは、つきあう前のモニカとその後の彼女の性格が、変わってしまったと嘆いていたようですが。
たぶん、見えていなかっただけでしょう。モニカの本質が。
気づいた時には、後戻りできない関係になっていたのです。
結果、そのぶんの金額をデニスは取り戻そうとして、うちの家宝がオークションにかけられたのです。
なんて馬鹿なことを。
意味のない贅沢が、けっきょくあなた自身を追いつめただけなのに。
がらんとした、なんの調度品もないモニカの部屋にはいったとき、そう思わずにはいられませんでした。
からっぽのクローゼット。もうなにも入っていない宝石箱。
なかの絵は失せ、額だけが壁にかたむいて残されていました。
春の陽射しがさんさんと窓からそそぎこむから。そのあたたかな光が、廃墟のような部屋をきわだたせたのです。
「がんばるのよ、モニカ」
ちいさな呟きは、カーテンのすそを揺らす風にさらわれました。
大きらいな姉の言葉など、もし聞きつけようものなら激怒するかもしれないけれど。
わたしの足下を、散ったたんぽぽの綿毛がひとつ、ふたつ。軽やかにすべってゆきました。
「クリスタ?」
「ああ、すみません。ぼうっとしていました」
「疲れているんじゃないか?」
「だいじょうぶですよ」
ジークさまは、わたしの表情がくもると、すぐに察するようです。それが職業柄なのかどうかは、わからないのですけれど。
いまでは騎士団の副団長でいらっしゃるジークさまのおかげで、暮らしに困ることはありません。
かつてのようにラベンダーのサシェ作りも再開していますし。
お庭を訪れる人も「なつかしいわ」「ふたたび解放してくれてよかったよ、ピクニックにちょうどいいからね」と、以前よりもふえてきています。
「ジークさま、ありがとうございました」
「ん?」
「わたしがこの家を追い出されたあの日、賊に宝石をうばわれて。それを取り戻してくださったでしょう」
「ああ」と、ジークさまは、なんでもないことのようにうなずきました。
「騎士にとっては、盗人や賊を捜しだすのも仕事のうちだからな」
何気なくおっしゃいますが、通常の任務のほかに時間を割いてくださったのですから。ほんとうに感謝しているのです。
それに、これは騎士団のかたから伝え聞いたことですが。
わたしの宝石を奪った賊を、かならず捕らえると、ジークさまは怒っていらっしゃったとか。
「愛ですねぇ」と、その部下の方にからかわれて、恥ずかしいやらうれしいやら、困ったのを覚えています。
ふと春風が、わたしの髪をなでました。
「やはりクリスタは、この屋敷にいるほうが似合っている」
風がはこんだ青く小さな花弁が、どうやら髪についていたようです。
ジークさまは指に花びらをのせたまま「ほら、庭の花もクリスタが好きらしいぞ」と、微笑むのです。
「まぁ、俺がいちばんクリスタを愛しているんだけどな」
真顔で言われて、頬が熱くなります。
「で? クリスタは?」
「と、とうぜんですよ」
「なにが当然なのかな。ちゃんと言葉にしてもらわないとわからない」
「うそです。わかってらっしゃるじゃないですか」
「ん? さぁ、どうかなぁ。具体的に言ってくれないとなぁ。ほら、早くしないとリタが来るぞ」
わたしは辺りをきょろきょろと見まわしました。
まだ人の気配はありません。それでもいつ「お嬢さま。お茶が入りましたぁ」と扉が開くかわからないのです。
「……です」
「ああ、今日は風があるから聞こえないなぁ」
ジークさまはご自分の耳に手を添えて、聞こえないという素振りをなさいます。
なんていじわるなんでしょう。ふだんはお優しいジークさまなのに、こういうときだけいじわるをおっしゃるの。
わたしの気持ちは知ってらっしゃるくせに。
身を乗りだして、二人のあいだにある机に手をつきます。
そしてジークさまの耳元でささやくの。
こんどはジークさまの頬がしだいに赤くなり、そして両手で顔をおおってしまわれたんです。
「……自分で言わせておいて、なかなか素直な言葉というのは、気恥ずかしいものだな」
もうっ、わたしだって恥ずかしいですよ。
「そういえば……」
「はい」
「部下の騎士から、手紙をあずかっていたんだ」
まだ恥ずかしいのでしょう。ジークさまは左手で顔をおさえて、右手だけで封書をさしだしてきました。
「あの、これは?」
「『副団長の奥さまの侍女に、わたしてほしいんです』とのことだ。そうとう緊張していたんだろうな、そいつの手がふるえすぎて、最初は辞職願かと思ったほどだ」
ということは、これはリタへの恋文?
「俺に頼むだけで、ああなんだから。リタと直接はなしたら、どうなるんだ」
遠くで「お嬢さまぁ、お茶をお持ちいたしました。メレンゲも焼けてますよ、苺も添えました」という、リタの声が聞こえました。
(了)
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