22、告白
静けさがもどった庭で、ジークさまとわたしは立ちつくしていました。
もう馬車の音は聞こえません。
ようやく軽やかな鳥のさえずりと、木々の葉をなでる風の音を感じました。
ブルーベルや矢車草の青い花が、午前の澄んだ光をあびて輝くようです。
「まるで嵐だったな」
「はい。申し訳ございません」
「なんでクリスタが謝るんだ? あなたこそ迷惑をこうむっただろうに」
リタが渡してくれたかごを、ジークさまは運ぼうと持ちあげました。
目隠しの布があるとはいえ、中には下着もはいっているのです。わたしはあわてて「それは自分で」と手を伸ばしました。
その時、ジークさまの腕に顔をぶつけてしまったのです。
意外と勢いがあったようで、ひたいがじんじんと痛みます。
「大丈夫か? ああ、いけない。赤くなっている」
「大丈夫です」
ひんやりとした大きな手が、わたしのひたいを冷やしてくれます。
はたはたと風にはためく、かごの白い布。
雲などなかったのに、急に視界がうす暗くなりました。
ふわっと優しい感触を唇におぼえ。キスされたのだと気づいたのは、ジークさまの唇が離れてからでした。
「あの、あの……」
「すまない、つい」
てのひらほどには冷たくはない唇でした。
ジークさまは困ったような笑みを浮かべていらっしゃいます。耳たぶを赤く染めながら。
わたし、くちづけられたの? ジークさまに。
ご挨拶のキスではなく、これは恋人にするキス。
「さきほど言いかけたことだが。あなたは今後、ローゼンタール家に戻ることができるだろう。そんなあなたに、俺が結婚を申しこむのは迷惑だろうか」
それって。
わたしはまばたきをくり返しました。
返事をしなければと思うのに。驚いてしまい、うまく言葉が出てきません。
「いや、まぁ。国外に逃亡したデニスの件もあるし、いろいろと事後処理で忙しいかもしれないから、返事は急がないが」
頭を掻きながら、ジークさまは視線を庭で咲いている青い花へとうつしました。
「軽率だったかもしれない。デニスとモニカから受けた傷が、まだ癒えていないかもしれないのに。俺は、すぐに行動に移してしまうから」
「ジークさま」
「行く当てがなくて、それでも俺との暮らしを選んでくれたことが、ほんとうに嬉しくて。ほら、世間では未婚の男女がふたりきりで同居することは、結婚を前提とした関係なものだから。だが、クリスタはそういう暗黙の了解は、知らなかっただろうし」
中に入ろうか、とジークさまは背中を向けました。
すっと立った後ろ姿に、わたしは手を伸ばします。
思わずシャツの背中を掴んでしまい、ジークさまは立ちどまりました。
わたしの指が綿の布の上を、するりとすべります。
「ちがうんです」
もっと流暢に語れたらいいのに。
こんなとき、おとなしい性格が災いしてうまくしゃべれません。
「わたし、ジークさまのことがずっと好きでした」
「ほんとうに?」
「だって、手紙が……。ジークさまからいただいた手紙が、わたしの心の支えだったんですもの」
ああ、何を言ってるの。
それ、いま白状すること?
顔から火を噴きそうなほどに熱くなります。きっとわたしの頬は真っ赤でしょう。
「では。俺と一緒になってくれる、と?」
こくこく、と何度もうなずきます。
上品でもないし、淑女とも思えぬ返事ですけれど。
突然、ふわっと体が浮きました。
さっきまで確かに地面についていた両足が、浮いているのです。
雲に乗るようなこの感じ、覚えがあります。
わたしよりも低い位置に、ジークさまの顔があります。それも満面の笑みで。
「今度は、猫のように両手で押しのけてくれずにいると嬉しいな」
「あの、それって。子どもの頃の話ですよね」
「覚えていてくれたのか。光栄だよ、レディ」
抱きあげられたままの状態で、ひたいを寄せあいます。
ジークさまの伏せた睫毛のあいだからのぞく、晴れた日の海の色の瞳。
ジークさまも覚えていてくださったのね。
つる薔薇につかまってしまった、あなたを救おうと一心だった小さなわたしのことを。
このお庭に薔薇は咲いていません。けれど、いつかジークさまと一緒に、あの薔薇の咲きほこるお庭に戻ることができるんです。
騎士と少女ではなく、ちゃんとしたレディとして。