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22/24

22、告白

 静けさがもどった庭で、ジークさまとわたしは立ちつくしていました。

 もう馬車の音は聞こえません。


 ようやく軽やかな鳥のさえずりと、木々の葉をなでる風の音を感じました。

 ブルーベルや矢車草の青い花が、午前の澄んだ光をあびて輝くようです。


「まるで嵐だったな」

「はい。申し訳ございません」

「なんでクリスタが謝るんだ? あなたこそ迷惑をこうむっただろうに」


 リタが渡してくれたかごを、ジークさまは運ぼうと持ちあげました。

 目隠しの布があるとはいえ、中には下着もはいっているのです。わたしはあわてて「それは自分で」と手を伸ばしました。


 その時、ジークさまの腕に顔をぶつけてしまったのです。

 意外と勢いがあったようで、ひたいがじんじんと痛みます。


「大丈夫か? ああ、いけない。赤くなっている」

「大丈夫です」


 ひんやりとした大きな手が、わたしのひたいを冷やしてくれます。

 はたはたと風にはためく、かごの白い布。


 雲などなかったのに、急に視界がうす暗くなりました。

 ふわっと優しい感触を唇におぼえ。キスされたのだと気づいたのは、ジークさまの唇が離れてからでした。


「あの、あの……」

「すまない、つい」


 てのひらほどには冷たくはない唇でした。

 ジークさまは困ったような笑みを浮かべていらっしゃいます。耳たぶを赤く染めながら。


 わたし、くちづけられたの? ジークさまに。

 ご挨拶のキスではなく、これは恋人にするキス。


「さきほど言いかけたことだが。あなたは今後、ローゼンタール家に戻ることができるだろう。そんなあなたに、俺が結婚を申しこむのは迷惑だろうか」


 それって。

 わたしはまばたきをくり返しました。

 返事をしなければと思うのに。驚いてしまい、うまく言葉が出てきません。


「いや、まぁ。国外に逃亡したデニスの件もあるし、いろいろと事後処理で忙しいかもしれないから、返事は急がないが」


 頭を掻きながら、ジークさまは視線を庭で咲いている青い花へとうつしました。


「軽率だったかもしれない。デニスとモニカから受けた傷が、まだ癒えていないかもしれないのに。俺は、すぐに行動に移してしまうから」

「ジークさま」


「行く当てがなくて、それでも俺との暮らしを選んでくれたことが、ほんとうに嬉しくて。ほら、世間では未婚の男女がふたりきりで同居することは、結婚を前提とした関係なものだから。だが、クリスタはそういう暗黙の了解は、知らなかっただろうし」


 中に入ろうか、とジークさまは背中を向けました。

 すっと立った後ろ姿に、わたしは手を伸ばします。


 思わずシャツの背中を掴んでしまい、ジークさまは立ちどまりました。

 わたしの指が綿の布の上を、するりとすべります。


「ちがうんです」


 もっと流暢に語れたらいいのに。

 こんなとき、おとなしい性格が災いしてうまくしゃべれません。


「わたし、ジークさまのことがずっと好きでした」

「ほんとうに?」

「だって、手紙が……。ジークさまからいただいた手紙が、わたしの心の支えだったんですもの」


 ああ、何を言ってるの。

 それ、いま白状すること?

 顔から火を噴きそうなほどに熱くなります。きっとわたしの頬は真っ赤でしょう。


「では。俺と一緒になってくれる、と?」


 こくこく、と何度もうなずきます。

 上品でもないし、淑女とも思えぬ返事ですけれど。


 突然、ふわっと体が浮きました。

 さっきまで確かに地面についていた両足が、浮いているのです。

 雲に乗るようなこの感じ、覚えがあります。


 わたしよりも低い位置に、ジークさまの顔があります。それも満面の笑みで。


「今度は、猫のように両手で押しのけてくれずにいると嬉しいな」

「あの、それって。子どもの頃の話ですよね」

「覚えていてくれたのか。光栄だよ、レディ」


 抱きあげられたままの状態で、ひたいを寄せあいます。

 ジークさまの伏せた睫毛のあいだからのぞく、晴れた日の海の色の瞳。

 ジークさまも覚えていてくださったのね。


 つる薔薇につかまってしまった、あなたを救おうと一心だった小さなわたしのことを。


 このお庭に薔薇は咲いていません。けれど、いつかジークさまと一緒に、あの薔薇の咲きほこるお庭に戻ることができるんです。

 騎士と少女ではなく、ちゃんとしたレディとして。


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