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2、あなたは、バカ妹ね

「やだぁ、お姉さまったら。本当に土いじりがお好きなのね、ミミズがお友達なのかしら」


 わたしをかばおうとして、リタが前に立ちはだかります。

「大丈夫よ」とリタの肩に手を置いて、わたしは前方を見すえました。


 腕を組み、あごを上げて口の端をゆがめているのは、我が妹モニカ。


 妹の方がすくすくと育ったので、わたしの方がモニカを見上げる格好になります。それもまた、姉を見下ろすようで楽しいのでしょう。ひとつ下の十七歳、子どもの頃と違い、一歳差なんてあってないようなものです。


 わたしの分のお菓子も「モニカのよ」と平然とうそをついて、お皿ごとうばったモニカ。幼かったころは、ぬいぐるみやお菓子、リボンで済んでいたのですが。


大人になってからは宝飾品も欲しがりました。

もっともわたしが持っているのは、おとなしいデザインの耳飾りや首飾りが多いので、派手ずきのモニカの好みではなかったようですが。


「モニカ。あなたどこへ行っていたの? しばらく姿を見かけなかったけれど」

「大事な用事があったのよ」

「供もつれずに?」


「どうだっていいじゃない。そうだわ、お姉さまはいっそ庭師のおじいさんと結婚して、庭師見習いになればよろしいのに。わたくしが雇ってさしあげてよ」

「どういうこと?」


 モニカの金髪は、わたしと違いまっすぐです。

 うちにいらした婚約者のデニスさまが、美しい髪だと褒めたたえるほどに。


 デニスさまは商才はおありのようですが。実学ではない文学や詩などは軽視なさっているので、もっぱらモニカへの褒め言葉は「きれい」「美しい」ばかりなのですが。


 しょうがありません。

 貿易商の御子息であるデニスさまには、夢物語も美辞麗句で飾った詩も人生において不要なのですから。


 でも、とわたしはひとつに結んだ髪に触れました。

 モニカの髪のように、指先がするりと動くわけではありません。波うつ髪は細く柔らかすぎて、日の光をとどめないのです。


「お姉さまに話があってきたのよ。まったくこんな早朝から、よく庭仕事ができるものね」


 あくびを噛み殺しながら、モニカはくぐもった声で話しました。

「長旅は疲れるのよ」と。


「今からラベンダー畑に行くのよ。早朝に摘んだほうが花の香りがいいの」

「ふぅん。まぁせいぜい稼いでよ。お姉さまも自活できないと困るものね。私、お姉さまのことが心配なのよ」


 眠そうにとろりとした茶色い瞳が、山の裾まで続くうすむらさきの野を映します。

 自活、という言葉があざみの棘のように引っ掛かり、わたしはモニカに尋ねました。


「確かに子爵家のサシェは毎年、待っていてくださる方が多いけれど。でも、屋敷の維持や使用人のお給料をまかなえるほどではないわ」


 そう。領地の地代も昔ほど入ってくるわけでもない、だからわたしはデニスさまと結婚することになっているのです。


 生前、ご自分の命が長くないと悟ったお父さまがお決めになったこと。

 貿易商のデニスさまは爵位を、我が家ローゼンタール家は彼の財力を求めて。

 しょうがありません。そういうものです。


 母は「ごめんなさい、クリスタ」と何度も謝ってくれましたが。そのたびに、硬いものが心に生じるのです。

謝られるほどの結婚生活になるのですか、と。

 問うこともできぬままに、母は儚くなってしまいました。


 父の妹でいらっしゃるおばさまと、その旦那のおじさまが、わたしたちの後見人なのですが。

 おふたりは「他に道があるかもしれない。意に染まぬ政略結婚だけが、子爵家を救う道ではないはずだ」とおっしゃってくださいます。


 けれど、力のないわたしになにができるでしょう。


 おじさまのように貴族や、その下の郷紳ジェントリが属する法曹院出身の弁護士であれば、自分の身を立てることもできるでしょう。

 ですが、女性にそのような仕事ができる国ではないのです。


「やぁ、モニカ。こんなところにいたのか」


 あくびを隠そうともせずに、口を大きくほわわと開いたデニスさまがいらっしゃいました。

 今日、訪問なさるとは伺ってません。わたしは目を眇めて、並びたつ婚約者と妹を見据えます。


「大事な話ですもの、デニスさまからお話するのがよろしいでしょう?」


 モニカの肘が、デニスさまの腕をつつきます。デニスさまはひとつ咳払いをして、一歩前へ進み出ました。

 風がお庭の木々の枝をざわめかせ、静かに満ちていた朝霧をなぎ払います。


「あー、クリスタ。君は心配しなくていい。今の庭の仕事を続けていいし、住むところもラベンダーの野の辺りに家でも建てさせよう」

「あら、そんなお金があるなら、私の首飾りを新調したいわ。農具を入れる小屋があるはずよ、そこにベッドとテーブルを入れたらいいんじゃないかしら」

「だが、そのままでは」


 言いよどむデニスさまを、モニカがぎろりと睨みつけます。まるで「私の言う通りにすればいいのよ」とすごむように。


 普段は冷淡なデニスさまが「困ったな」とにやけた表情を浮かべました。婚約してから十年、彼のそんな顔を見るのは初めてのことでした。

 そしてたぶんこれが最後。


「まぁ、領地内に住めるようにはするから。農具もすべて出して、暖炉も作ろう。でないと凍えてしまうからね」

「よかったわね、お姉さま。デニスさまがお優しくて」


 モニカは、何もない小屋に暖炉と煙突を作るのがいかに大変かを語りはじめました。

 どうやら妹の中では、わたしは屋敷を追い出されるのが決定事項のようです。


「おばさまはなんとおっしゃっているの?」

「あら、私でもお姉さまでも問題ないと言ってたわ」


 わたしから一瞬目をそむけたモニカ。だから嘘だと察しました。

 妹が姉を追い出して、農具小屋に住まわせることをおばさまはご存じないはずです。


「じゃあ、小屋が改装できしだい移ってもらうから。荷物の準備をしておいてくれ。大丈夫、家賃をとろうとは思わないよ」


 握手をしようとデニスさまが手を差しだしてきました。ゆびさきが触れて、ひんやりとした温度が伝わってきます。


 ぱぁん、と軽い音。

 手を握られる前、わたしはデニスさまの手を払いました。


「モニカ。あなたのことはもしかしたら愚かかもしれないと思っていたわ。今日、ようやく確信したわ。あなたはバカね、バカ妹ね」


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