13、ひとりで生きてゆく予定だった
とつぜん体がうきあがったかと思うと、わたしよりもジークさまのお顔が下にありました。
地面に足がつきません。ばたばたとみっともなく動かせば、足首が痛くて。
思わず顔をしかめてしまいました。
「ほら、無理をするんじゃない」
「でも」
まるで子どもが高く掲げられるかのような状態で。どうして落ち着くことなどできましょう。
「あなたが暴れると、アルナイルが脅えるよ? 繊細だからね」
「……はい」
それは大変です。
そのままアルナイルの背に乗せられて、わたしの後ろにはジークさまが鞍にまがたりました。
ちょうど彼のたくましい腕にはさまれる格好で、背中にはジークさまのぬくもりを感じます。
わたしの足を気遣ってか、アルナイルの歩みはゆっくりです。
「俺の家は近いから、とばすこともない」とおっしゃるジークさま。
嘘のように多い星は、白く、あるいは青くきらめいて。いつもより高い視線で進むにつれて、星の群れがせまってきそうに思えます。
丘のはては夜の色を深め、空と地面の境目もあいまいに、ぼうっとぼやけていました。
夜露にぬれた草のにおい、昼間の青いにおいとは違う涼しい香りに、喉のあたりがすうっとします。
ようやく周囲の香りを感じることができました。
ジークさまの言葉どおり、街道を途中でまがり町へとむかうと、さほど時間もかからずに彼の家に到着しました。
「以前は騎士団の宿舎で暮らしていたんだが。副団長になると一軒家を与えられるんだ。まぁ、他の騎士が嫌がるからな、上がいると」
低い石垣に囲まれた庭は広く、けれど園丁を雇っていないのか草が野放図に生えていました。りり、と重なる虫の声。
「ひとり暮らしに広い家は必要ないから、狭くて申し訳ないのだが」
「ご結婚を考えてはいらっしゃらなかったのですか?」
わたしの質問が変だったのでしょうか。
ジークさまは馬から降りると、まだ馬上のわたしの顔をじーっと見つめました。
「考えてはなかったな。ずっとひとりで生きていくつもりだった」
「過去形なんですね」
「ん? そうだな、過去形になるかもしれないな」
「でも、わたしも同じかもしれません。ひとりを覚悟していたんです」
「クリスタ?」
「もしデニスと結婚していたとしても、わたしはローゼンタールの名を継ぐことだけが目的で、それ以外に存在価値がないのです。むろん、彼はわたしのことなど邪険に思っていますから、きっと愛人も作るでしょう。わたしはただ妻という立場であるだけの、孤独な一生のはずでした。ああ、でも、修道院に入るのと大差ないですね」
「俺ならそんなことはさせない!」
突然の大声に、わたしは目を大きく見開きました。繊細なはずのアルナイルはそしらぬ顔です。
だから分かったの。
わたしをアルナイルに乗せるために、遠慮させないために、ジークさまはあえて嘘をついたのだと。
どんなに優美であっても、騎士団の馬。神経質では困りますもの。ジークさまの声にびっくりしたのか、虫の声はやみました。
「いや、すまない。その、なんだ……うん、中に入ろう」
両脇にジークさまの手が差し入れられます。そのままふわっと宙に浮かび、わたしは彼に抱きかかえられたのです。
背中に添えられた大きな手。横抱きではありませんが、それゆえによけいにたがいの顔の位置が近くて。頬がぽおっと染まるのが自分でも分かりました。
あたりが暗くてよかった、今が夜でよかった、と小さく息をつきました。
ジークさまはわたしを抱えた状態で、器用にアルナイルを小さな厩舎に入れました。かわいた干し草のにおいが、軽やかに彼の髪に残ります。
そうね、夜であっても髪が黒くても、ジークさまはお日さまの匂いがします。
春や秋の、あたたかでふんわりとした優しい香りです。