12、十歳の差
さて、困った。
俺は木の幹に手をついて、去っていった馬車を(正確には侍女を)見つめ続けるクリスタの側に立った。
このお嬢さんは、俺が身元を引き受けることの意味が、実はわかっていないんじゃなかろうか。
叔母であるブローム子爵夫人は、説明がなくとも察してくれたが。
未婚の男女が一緒に暮らすということは、結婚を前提とした関係であることを意味する。
ただの居候や間借りであるなら、ほかに同居する人が必要だ。ふたりきりということは、ありえない。
やはり年の差なのか、世間ずれしていないのか。
うーん。だから、簡単に妹と元婚約者に騙されたのではないか?
俺はあごに手をあてて、考えこんだ。
たまたま通りかかったのが俺だからよかったものの。見ず知らずの男だったら、どうするんだ。
ここが外でないのなら、彼女が怪我をしていないのなら、夜でないのなら、こんこんと問いただしたいところだが。
残念ながらここは外だし、彼女は怪我をしているし、夜でもある。
「いろんなことが一度に起こって疲れただろう? 俺の家へ行こう」
「はい。お世話になります、がんばりますので用事は言いつけてください」
やはり、ただの居候だと思っているようだ。
困ったものだ。
久しぶりに近くで目にするクリスタの印象は、ただもう清潔だった。
身に着けているのはドレスと呼ぶにはあまりにも簡素で、色合いも夜の下では地味な灰色に見える。それでもまばゆい陽の光の下では、銀灰色に光をはじくのだろう。
簡素ではあるが質素ではない。
彼女自身もそうだ。
華美で派手なところはないが、品がある。
妹のモニカは一見すると華やかであでやかなのだが、どうにも彼女自身のまとう色が濁って見える。
それに反して、クリスタは透明感のある清楚な雰囲気だ。
クリスタが小さい頃は気軽に声をかけたものだが。彼女が成長し、婚約が決まってからは、距離をおいた。
それでもローゼンタール家で時おり見かけるクリスタは「いらっしゃいませ、ジークさま」と階段を下りてくる。手すりにおいたその指先ですらも清らかに澄んでいるように思えた。
デニス・テルメアンはクリスタの夫としては似つかわしくない。むしろ感性はモニカの方に近いのではないか。
そう思うこともたびたびあったが。
結婚は家同士のこと。それに自分は爵位を継ぐこともない。
クリスタが成長し、大人になるにつれ、顔を合わせないのがいちばんだと思った。
そうすれば、己の気持ちに気づかぬふりができる。
自分を納得させてはいても、ローゼンタール家の薔薇を見ると、ひりりと心が痛んだ。まるで薔薇の棘にさされたように。
自分のなんの変哲もない黒髪をきれいだと褒めて、枝や棘から髪をほどいてくれた少女はもういない。
子どもの頃の年の差は大きくとも、大人になればたったの十年。
十歳差の夫婦など、どこにでもいる。
「問題は、本人が俺の真意に気づいていないってことだよな」
「どうかなさいましたか?」
「いや」
首をかしげるクリスタは、やはり歩くと足が痛むのだろう。
木の幹に手を添えて体をもたれかけさせている。側に立つ俺の馬が彼女を案じてそっと顔を寄せた。
「きれいな子ですね。まだ寒い時期のうすい月色を思わせる毛が輝いています。ジークさまが大事になさっているのね」
触れてもいいですか? と問いながらクリスタは手をさしだす。
長い睫毛を伏せて、我が馬はクリスタのしなやかな白い指を受けいれている。
「なんという名前ですか?」
「アルナイル。輝く者という意味だ」
「まぁ、なんてぴったりなんでしょう。まさに月の輝きですね」
「続きは家で聞こう。夜露は体に悪いからな」
失礼、と声をかけ、俺はクリスタの背中に手を添えて、彼女の体を抱えあげた。
ふわっと銀灰色のスカートのすそが夜風をはらむ。
「きゃあ」と短い声をクリスタが上げるが、あえて気にしない。




