10、修道院は無理です
「承知しかねます」
突然、声を張りあげたのはジークさまでした。
わたしとリタは座った状態なので、立ちあがったジークさまはそびえる木のように大きく見えます。
ぼうっとした馬車の灯りに照らされたジークさまのお顔は険しく、こぶしを握りしめていらっしゃいます。
「クリスタは妹に、そして叔母上に未来を二重に奪われると解釈してよろしいですね」
「なっ。そんな風には言っていません。わたしはただ、モニカを怒らせてはいけないと。あの子はなにをしでかすか分かりません」
「ええ、ブローム家のことが最優先ですよね」
たしかに、個人の感情だけで動けるほどに、おばさまは身軽ではありません。
けれど、ほんとうにそれは正しいのでしょうか。
横暴で、家族ですら人と思わずに、かんたんに切り捨てる。そんなモニカの機嫌をとることが最優先なんて。おかしすぎます。
不機嫌をまき散らし、高慢で、不遜であれば誰もがへりくだる。それが当たり前のように通用してはいけないはずです。
「嫁ぎ先を守るためならば、クリスタを見捨てても構わない。だが放りだして野垂れ死にされるのは心が痛むから、ならば修道院に放りこめばいい、と。そういうことですよね」
一息にそう言ってから、ジークさまは少し肩を落として息をつきました。さっきまでは感じられなかった疲労を、彼は滲ませています。
「失礼。よその家のことに口を挟むべきではありませんでしたね」
「いえ。あなたのおっしゃるとおりです。ですが、わたしも主人も考えがないわけではないのです。せめて侍女はうちで面倒をみようと思っていますから。このリタは、クリスタが可愛がって大事にしている娘ですもの」
おばさまは、修道院についても説明を加えました。
決してクリスタを修道院に押しこむわけではない、持参金はブローム家が用意する。ならば、相応の待遇を受け、地位ある修道女にもなれる、と。
地位ある修道女。
その言葉は、今のわたしには滑稽に聞こえました。
結婚して子爵家をデニスと継ぐはずでしたのに、一瞬にして何もかも失いました。けれど、修道女になれば寄付金に応じた身分になれる。
神の前では誰もが平等。
そんなのは嘘ですね。
「……ぎりぎり、そこまでですか。モニカを怒らせず、子爵家同士の関係がこじれないのは」
「あの子はもうデニスと婚姻関係にありますからね。あんなに速く行動するとは考えもしませんでした」
ジークさまとおばさまのお話を聞いて、リタはぎゅうっとわたしにしがみついてきます。事前に、ブローム家で働くことを提案されたのでしょう。それはおばさまの優しさです。
ええ、リタはわたしの巻き添えになってはいけないのです。
「私はお嬢さまと一緒です」
耳をくすぐる声は、今にも泣きそうにくぐもっていて。けれど、感傷に流されてはいけません。
「いいえ、リタ。わたしとはここでお別れよ」
「お嬢さまっ」
「もともと新しい勤め先を探す約束だったでしょう? ブローム家なら心配ないわ。紹介状もいらないし、ね?」
涙を拭くこともなく、ただただきれいな雫をこぼしつづけるリタを、わたしは抱きしめました。
「あなたが、おばさまのところにいるなら安心なの。あなたがどこに行ったのか、何をしているのか案じながら生きるのはつらいわ」
わたしの肩に顔を埋めて、リタが嗚咽を洩らします。
長く一緒にいるけれど、侍女という立場から、ここまでわたしにくっついてくれたことはありません。
別れる時になって初めて、いちばん仲良くなれた気がするなんて。変ですね。
「俺は……私は、それでもクリスタが修道女になるのを認められません」
ぴしりと空気を打つ鋭さで、ジークさまは言い放ちました。