君への始まり
太平洋戦争も終わり、日本にも活気が取り戻してきた
一人の女学生が帰宅しながら少女は呟く
今日は夕日がきれい
あそこの野原に横になろう
ああ、今日も試験の結果が悪くて先生から怒られた
私って馬鹿なのかな
昨日、あれだけ勉強したのに
まあ、いいか
よし
頭の休憩、休憩
そこに一人の男性が少女の前に現れた
どうしたの
さっきから、独り言を言って
ええ
聞いていたのですか
ああ
鳥のさえずりが聞こえてね
どのような
さえずりでしたか
君みたいに
可愛らしいさえずりかな
私を鳥だと思っていらっしゃたのですか
君も可愛いね
じゃあ、私が鳥なら
肩の上にとまっていいですか
そこからなら
夕日がもっときれいに見えます
じゃあ、ほら
僕の肩にのせるよ
駄目です
どうして
恥ずかしいですし
私は重いですよ
だって、君が僕の肩にとまりたいと言っただろ
そこに、二人を引き離そうとばかりに
男性の仕事での先輩らしき者が声をかけた
おい
佐藤、早く仕事に戻れ
わかりました、先輩
それじゃね
はい
少女は前田琴音、自宅に帰り着き姉に話しかける
お姉さん、お姉さん
どうしたの
琴音
学校からの帰る途中に野原があるでしょ
うん
そこに、カッコいい人がいて
私のことを可愛いって言ってくれたの
本当かな
からかわれたのじゃない
ちがうわよ
だって、私を肩の上に乗せようとしてくれたの
でも、仕事中だったみたいで仕事に行ったんだけど
佐藤さんという人でね
カッコいい人だったな
今日は先生から怒られたけど
いい日だった
もしかして
琴音はその人に一目惚れかな
うん
いいな
私も好きな人ができたらな
私は前田水江、琴音の姉であり、自宅の近くにある工場で働いていた
水江さん
もう少し、早く仕事を終わらせないと駄目じゃないか
申しわけありません
もう、この仕事も2年経つからね
そろそろ、一人前にならないと
はい
ある日のこと、水江の働く工場に班長が入社員を紹介することに
みんな、紹介する
今日から、新しく働くことになった
渡辺君だ
よろしく頼む
俺は班長の沢谷だ
彼女は桑山水江さん
わが工場の唯一の花だ
間違っても手を出さないようにな
はい
ははは
そういえば、渡辺君の歳はいくつだ
22歳です
水江さんが20歳か
年も近いし、交際でもすればどうかね
班長
さっき、手を出さないように言ったのに
冗談だよ
渡辺君
君も馬鹿正直だね
そうですか
班長
そうだね
まあ、仲良くしなさい
わかりました
よろしくね、水江さん
はい
班長もああ言っていたことだし
おじさん連中は先に帰るか
まだ、早いじゃないですか
班長、また私を残業させるつもりですか
いや、今日は違うよ
ははは
同僚は二人の世界を作ってあがたかったようだ
渡辺さん、気にしないで下さいでね
ああ、大丈夫だよ
班長達が帰ったら、僕達もすぐ帰ろう
大丈夫ですか
まだ、仕事が残っているのに
明日なんとかするから
僕はこういう事務は得意なんだ
そうなんですか
ああ
よし、帰ろう
水江さん
はい
工場はあまり大きくはないが老朽化が進んでいた
渡辺さん、階段がありますから気をつけて下さ・・・
水江はそう渡辺に告げようとすると、逆に水江が足をつまずいた
あ
大丈夫、水江さん
痛い
ちょっと、足を見せて
足を捻挫したかもしれない
歩けるかな
痛い
難しそうだね
肩を組んで一緒に帰ろう
ごめんなさい
大丈夫かな
はい
渡辺は水江を自宅まで送る最中に野原に立ち寄った
今の悩みといえば、スタイルの問題
あと、先日書いた、監視されているような問題
仕事が終わってロッカーに行くとかならず着信音がなる
履歴を見るとアメブロが多い
目が覚めて空いた瞬間になるのもこわい
たまたまかもしれないけど
一度や二度じゃないから
先日はかなりきつく書きましたけど本音です
明日があるから寝よう
そういえば
そこの野原で休もう
ごめんなさい
渡辺さんは疲れたのではないですか
大丈夫、気にすることはないよ
それより
夕日がきれいだね
本当ですね
そういえば、妹が言うには
ここで素敵な男性と話をしたと言っていました
渡辺は不満げにというより、からかっているような話し方で
そうなんだね
僕は素敵な男性ではないのかな
いえ
渡辺さんが夕日に覆われています
じゃあ、僕の顔が良く見えないじゃないか
いえ、私には
はっきりと見えます
ハンサムかな
それは秘密です
そうなのか
じゃあ、家まで送っていくよ
ありがとうございます
水江と渡辺は夕日に包まれていた
ただいま
痛い
おかえり、お姉さん
足をどうかしたの
工場の階段から足を踏み外して
捻挫をしちゃったんだけど
工場の素敵な方が肩を組んで家まで送ってくれたの
新しく工場で働くことになった方でね
わあ、いいな
琴音も自らの体験が再現されたようだった
二人の世界が共有されたのかもしれない
確か、琴音も野原でカッコいい人とお話をしたのよね
私も、送って下さった方と野原でしばらく休んで話をしたの
私と一緒ね、お姉さん
美琴は父からオルガンを買ってもらい
オルガンのことで息を切らすように水江に話しかけた
お姉さん
よく、お父さんもオルガンを買ってくれたよね
高かったはずなのに
お父さんは音楽が好きだからね
私を音楽家にさせたいのかな
私は、音楽はさっぱりね
水江は音楽が苦手だったようだが
琴美はどうやらオルガンを弾きたくてたまらないようだ
学校の音楽の先生が教えてくれるでしょ
私はあの先生は大っ嫌いなの
そうなの
うん、いやらしい目で私のことをみるの
それじゃ、上達しないじゃない
そうなのよね
お姉さん、どこかで教えてくれる人がいないかな
戦争が終わってまもないから
オルガンを持っている人自体がいないからね
う~ん、でもオルガンを弾きたいな
学校の教科書を見て自分で覚えるしかないよ
そうね
でも、一人じゃ無理ね
うん
お父さんも無理して買わなくてもよかったのに
多分、音楽の先生が教えてくれると思ったのかもね
そうね
ある日のこと班長が渡辺の事務書類に目を通した
そういえば
昨日の仕事は終わったかな
はい、班長
報告書の方は書いておきました
どれどれ、見せてくれ
おお、ちゃんと出来ているじゃないか
これは、外国の言葉かね
はい、外国の貿易会社への報告書ですし
班長が貿易の会社の社長がドイツの方だとおっしゃっていたので
まあ、確かに
そうだけど
日本語もできる方だぞ
ええ、でも
ドイツ語の方がわかりやすいかと思いまして
渡辺君はどこでドイツ語を勉強したのかね
たまたま、戦争中に私がドイツとの共同部隊に所属していたこともあり
軍の教育係からドイツ語を教わりました
ほう、そうだったのか
それは、お世話になっている貿易会社との仕事がスムーズにいくかもな
日本語ができるとはいえ、ドイツの人が多いからね
それは良かったです
水江は相変わらず仕事が上手くいかないようだ
水江さん
また、頼んだ書類が間違っているじゃないか
大体、漢字が違うぞ
今日中に作り直しなさい
はい、申しわけありません
大丈夫だよ
僕が書いておくよ
いいのですか、渡辺さん
ああ、心配しなくていいよ
渡辺さんは頭がいいのですね
そんなことはないよ
それより、すぐ書き終えるから
終わったら、近くの海に行かないかな
はい、是非行きたいです
じゃあ、そうしよう
白い波が遠い予感を感じさせていたのだろうか
波の音がきれいですね
そう、水江が呟く
ああ
そうだね
まるで僕達を歓迎しているみたいだね
その時、渡辺はそう言ったのだが・・・
渡辺さんは下のお名前は
僕は渡辺雄二
君は
私は前田水江といいます
これからも、よろしくね
はい
これが、本当の始まりだったのかもしれない
白い砂浜に渡辺は水江に一緒に座るように話しかけた
ここに座ろうか
はい
ちょうど、あの時みたいに夕日がきれいだね
海に沈んでいくよ
君の瞳が紅色に輝いているかな
まるで、宝石みたいだ
私は浜辺で貝殻を拾ってきます
浜辺に貝殻が落ちているのかな
はい
持ってきて、水江さん
渡辺さん、ピンク色できれいですね
そうだね
渡辺さんは夢がありますか
夢か・・・
夢といえば、僕は好きな人と結婚して幸せな家庭をつくりたいのかな
今はそういう人がいるのですか
ああ、いるよ
どうされましたか、急に元気がなくなられて
水江さんこそ好きな人はいるのかな
それは秘密です
そうか、教えてくれないのか
はい
波の音がさびしく聞こえるな
どうしてですか
それは秘密かな
お互いに秘密だらけですね
でも、さびしいけど
波の音は僕を優しくしてくれるかな
どっちなのですか
どっちもだよ
水江さんは
秘密です
また、秘密なんだね
はい
夕日が沈んで月灯りが降ってきたよ
渡辺さんは詩人みたいですね
そうかな
今度は月灯りが水江さんの瞳を輝かせているかな
浜辺で今度は違う貝を取って来ます
また、貝を取ってくるんだね
はい
よっぽど貝殻が好きなのかな
はい
波の音がさびしがっているから
そろそろ、帰ろうか
もう、帰るのですか
ああ
渡辺さん、お願いがあるのですが
何かな
手をつないでいいですか
ごめんね、それは出来ないんだ
そうですよね
会ったばかりなのに
ごめんなさい
いや、気にしなくていいよ
僕の方こそ、ごめんね
いえ
そのかわり、明日から仕事を手伝うよ
はい、ありがとうございます
寄せてきた波が悲しく帰っていった