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第9話 初速と爆発力

 シロハさんからイラストの下絵が送られてきてから4週間弱。


 この間、シロハさんのイラストにインスピレーションを受けた卯乃香がアレンジを加えたり、それに合わせて俺の歌い方の緩急軽重が変わったり、それを聞いたシロハさんがさらに力強いイラストを仕上げてきたりと、いろいろなことがあった。


 が、上のだらだらと長い一文で語れることなので多くは語らない。


(やばい、緊張してきた)


 上げたが最後。

 おそらくあっという間にダウンロードなり録画なりされて、もう二度と完全になかったことにはできないだろう。

 引き返すことは許されない。


「なぁ卯乃香――」

「ダイジョウブ、ワタシハ『ヤレバデキルコ』、ダイジョウブ、ダイジョウブ」

「あ、ショートしてる」


 いよいよ、お子午兎(しゃーなし)プロジェクト、最初の一歩がインターネットの世界に放り投げられる。



「おーい、卯乃香ー?」

「お兄ちゃん……やばい、吐きそう」

「ダイジョウブ、ウノカハ『ヤレバデキルコ』、ダイジョウブ、ダイジョウブ」

「なんでお兄ちゃんはそんな平気そうなの……」


 人間、どれだけ緊張していても、自分より緊張してる人を見ると「あ、俺はまだ大丈夫だ」って冷静になれるものだ。少なくとも俺はそういうタイプ。


「ゲームでもして時間潰すか?」


 動画投稿サイトにはすでに同時試聴(プレミア)公開の形で投稿済み。SNSで活動再開宣言もしてあるので、初動は何となく予想ができる。


 サムネイルについてはやはりというか好評だった。

 リプ欄もおおよそ復活嬉しいとかそんな感じ。


 まあ、有名税というか、人気になれば当然アンチは湧くから否定的なコメントもついてるけど、そういうのは「嫌いな奴をブロックする用のアカウント」でスクショとURLのコピーを取ってブロックするから別にいい。


 子午という歌い手に対して同情はするけど和馬という人間の心には傷がつかない。そんな感じのサムシング。


「んーん。ちゃんと見てる。最初の一歩から、目をそらしたくない」

「……そっか。卯乃香は強いな」

「んー。もっと褒めてー」

「偉いぞー。すごいぞー。かっこいいぞー」

「えへへー」


 一分一秒が、すり鉢に掛けられる感覚。

 陰謀の魔の手が背後からにじり寄る焦燥感。

 動画が上がる前のこの緊張感は、何度やっても胃に悪すぎる。


「あ、はじまるよ」



 5/17 19:00。

 子午が最後に動画を投稿してから、ちょうど1周年。


 後に子午(しご)の世界と呼ばれる第1作目は、(めく)目眩(めくるめ)く幻想的な世界を描いた曲になった。

 楽曲のジャンルは、プログレッシブ・メタルと呼ぶらしい。


 迷いながらも、決断を繰り返し、本当の思いに気づくというストーリー構成、耳に残りやすいフレーズ。


 伝説は、生まれるべくして産声をあげた。



「うっわ、まじか」


 19:03。

 同時試聴者数が10万人を超えた。

 何これバグってんの?


「お兄ちゃん愛されてるねー」

「あれ? 卯乃香さん機嫌悪いです?」

「別にー?」


 あ、機嫌悪いわこれ。

 なんで。


(……あー。この段階での視聴者は子午の歌を聞きに来ているのであって、曲の中身を判断しに来てるわけじゃない、とでも思ってるな?)


 まあ、気持ちはわからんでもないけど。


「まあまあ卯乃香、もうちょっと待ってみろよ。多分、いや、絶対すげーことになるから」

「すげーこと?」

「すげーこと」


 4分26秒の楽曲が終わる。

 このひと月で、忘れられないくらい聞いた曲だけど、どう考えてもこれはいいものだ。

 理屈も道理もすっ飛ばして、ただただ「すごい」という感想だけを残していく。

 それが"There is Justice or Justice"の本質だ。


「ほら来た!」

「え、何が?」

「高評価爆撃」


 雪崩が起きるように数字が膨れ上がっていく高評価。


「おー! おー? いや私、高評価の推移とかわからないんだけど?」

「えぇ……」


 あらやだこの妹つよい。


「この、高評価の数だけ、卯乃香の歌を評価してくれた人がいる」

「1万人、ってどれくらい……?」

「1万人って言ったら……1万人だ」


 そういわれると、1万人ってどれくらいだ?

 軽くネットで検索する。


「日本武道館の収容人数が1万4471人らしい」

「日本武道館埋まらないのかぁ」

「このペースだとすぐに埋まるから」

「お兄ちゃんお兄ちゃん」

「なに」

「私、日本武道館行ったことないから知らない」

「俺も知らない」


 俺たちの認識。

 日本武道館=アイドルとかがライブやったりするすげーところ。

 東京ドーム何個分とか言われるレベルでよくわからない。


 田舎の民が全員東京基準の知識を持ってると思うなよ?


「高校で考えよう。1クラスが40人だろ?」

「定員割れと退学の影響で37人しかいないお兄ちゃんが何を」

「その辺は考えないで。だいたい250クラスで1万人だな」

「お兄ちゃんお兄ちゃん。250クラスが想像できない件について」

「うちの高校は1学年6クラスだから、42年生まであるって考えたらいいんじゃないかな」

「わー定年だねー」

「1万人すげー」


 もう途中から何言ってるのかわからんくなってきたぞ。1万人について考えるだけ無駄なんじゃないかな。



 とかいうあほな会話を天才兄妹がしている一方でイラスト担当シロハ。


「え!? 子午さんトレンド1位!? は? え? 私の方にまでフォローがすごい勢いで流れてきてる!?」


 多分、一番正確に現状を理解している苦労人だった。

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