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第8話 4分と26秒 後編

『お世話になっております。シロハです』


 深夜2時のことだった。

 フレーズごとに録音した歌詞を切り貼りして、ベストな歌い方を模索していると、SNSでメッセージが届いた。


「来た! シロハさんから連絡だ!!」

「えっ!? 本当に!? 私も見る!!」


 作業用のPCからダッシュで俺のもとに駆け寄る卯乃香。ソファの後ろから覗き込むような形で陣取り、二人して続く言葉を待つ。


「……? 終わり?」

「長文を打ってるところかも」

「なるほど焦らしプレイ」


 と、あほな会話を繰り広げていると、しばらくしてぽんぽんぽんと連続でイラストが送られてきた。


「背景? 卯乃香、こんなにたくさん頼んだのか?」

「違うよ!? 私が頼んだのは一枚だけだって」

「じゃあなんでこんなに――」


 イラストに続いて、文字が送られてくる。


『デモ版の試聴させていただきました。目まぐるしく転がるストーリー性、4分26秒に込められた壮大な世界観。どの瞬間を切り取るか、とても悩みました』


「卯乃香べた褒めされてるぞ」

「ふふん。何を隠そう私は作曲の天才」

「すごいぞー」

「わーい」


『そこでご提案なのですが、このように横に長い背景を用意し、曲に合わせてスライドさせていくというのはどうでしょうか。私なりに曲を解釈し、尺に合わせてできる限りの工夫を施したつもりです』


「え? この14枚のイラストって連続してるってこと? あ、ホントだ。繋がってる……すげー」

「へいお兄ちゃん! 軽く動画にしてみるから私のLinear(リニア)に転送して!」

「動画にするのを簡単そうに言うもんな。卯乃香はすげーよ」

「ふふん。何を隠そう私は動画づくりの天才」


 妹の手によってあっという間に動画に埋め込まれたクロッキーが、曲に合わせて流れ出す。


「――ッ、お兄ちゃん、これ!」

「気づいたか、卯乃香」

「うん。場面が、前後どちらと結びつくかによって視聴側に抱かせる印象ががらりと回転するようにできてる……」


 例えば3枚の場面があったとして、1と2がくっついているときは「平和」な印象を受けたのに、2と3がくっつくと途端に「寂寥」を抱かせるような構図になっている。

 それが4分26秒に渡り、曲の構成に合わせてうまく組み上げられている。


「お兄ちゃん、よくこんな人見つけたね……」

「俺も驚いてる」


 間違いない。


「シロハさんは、天才だ」


 原理はわかる。

 だけど、それを現実に持ってこれる気がしない。

 一体どれだけ神算鬼謀を張り巡らせてち密な計算を編み上げればこんなものが出来上がるというのか。


 想像もできない。

 着想も結果も理解できるのに、その過程がごそっと抜け落ちているような感覚。


 この形容できない畏敬の念。

 ああそうだ、これがいいものだ。


「……にしても、妙に懐かしい感じがするのはなんでだ?」

「え、私は新しいって思ったけど?」

「ん? んー? じゃあ俺の気のせいか?」


 見覚えがないイラストなのは間違いない。

 というか、こんなこと発想できてもそれを実際に形にしようなんて人いないだろう。それこそ本来なら、気の遠くなるような時間の果てに待ち構えるような奇跡的な作品だ。


 だから、新しいという感想は正しい。

 俺も当然同じ感想を抱いた。


(見覚えはない、けど、この作者のことを知ってるような……?)


 これまでの記憶をすべて振り返ってみる。

 心当たりはまるでなかった。


(いや、気のせいだな)


 いいものと出会ったせいでちょっと混乱したんだろ。



「あ、子午(しご)さんからだ。まだ起きてたんだ」


 深夜2時17分。

 シロハのもとに一通のDMが届く。


『イラスト拝見させていただきました。下絵の段階から驚きの連続で、ぜひこの方向性で進めていただきたいです』


「やった」


 本来、出力は段階を経るごとにどうしても精度が落ちる。それでも100パーセントのアウトプットをしようとしたら、100パーセント以上のものをつくるしかない。


 だけど、それは相手の求めるものでなければいけない。相手の望む延長線上になければ、それはただの減点対象でしかないからだ。


 そのためにはまず、相手の思考を読み取らなければならない。

 相手の理想の限界点を拡張するようなものを、自分の頭の中に確立させなければいけない。


『ですが、当初想定していたものより作画に労力がかかってしまうと思います。当初の提示額だと少ない気がしますが、この規模のイラストの相場ってどれくらいになるのでしょうか?』


「あー」


 彩絵はそこまで考えてなかった。


(というか、私のイラストでお金をとってもいいのかな?)


 画面の向こうでは「シロハさんは天才だー」と騒いでいる兄妹がいるのだが、そのことを彩絵本人は知らない。

 本当に価値のあるものを生み出せているかの確証がない。


(もともとの提示額でも十分なんだけどなー)


 彩絵は考えた。

 このままの額でいいですよと伝えるとする。


 相手が良心の呵責に悩むタイプの場合。

 こちらを気遣って依頼してくれなくなるかもしれない。


(それは困る。この人の作品はきっと私を成長させてくれる。長く携わっていきたい)


 じゃあ逆に、底を見るタイプの場合。

 前回あの値段で受けてくれたんだから今回はこの値段でもできますよねって言ってくるかもしれない。


(それも困る。せっかく描いたものの価値を値踏みされるのはなんか癪)


 彩絵の思考はここでまとまる。


(ということは、あんまり安すぎてもお互いの関係に良くないのかー。んー、かといって相場なんてわかんないしなー)


 何せこれがシロハに対する初の依頼だ。

 この規模のイラストに挑戦するのも初の試みだ。

 値段なんて知らない。


『今回はもともと提示された価格で大丈夫です。その代わり、今後ともごひいきにしていただけると幸いです』


 悩んだ末に、選んだのは中間策。

 これが一番いい関係性を築けるという直感に従っての決断だった。


 間を置かず、返信が来る。


『はい! ぜひお願いします!』


 こうして、お子午兎(しゃーなし)プロジェクトに、シロハは深くかかわっていくことになる。


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