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人気歌い手の俺、無名絵師の幼馴染。現実では天敵、SNSでは戦友(らしい)。  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ


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第15話 偶然と完全

 水の泡という言葉がある。


 泡は水面へと向かって上昇するので、転じて勢いのあるという意味である。

 嘘である。


(何すました顔してんのよ。人の弱みを握って優位性でも持ったつもり?)


 彩絵は目の前の席に座る人物を睨みつけた。

 幼馴染の火鼠(ひねずみ)和馬(かずま)である。


 ことの発端は1日前。

 彩絵がイヤホンを半挿しの状態で音楽を再生したために、歌ってみた動画を聞いていたことが和馬にバレてしまったのだ。


 彩絵自身は「私がどんな歌を聞いても勝手でしょ」と言い張ったが、これまで歌ってみた動画にかかわってこなかった彼女にとって、それは少し恥ずかしいことでもあった。


(むかつく。あんたの弱み握ってやるから覚悟しなさいよね!)


 結果、彩絵は和馬が隙を見せるのを待つことにした。

 獲物を狩る虎のように、耽々と。



「あんたさ」


 後ろの席で、彩絵が呟いた。

 俺は最初、それが自分のことだと気づかなかった。

 彩絵から話しかけてくるとは思わなかったからだ。


「ちょっと、聞いてんの?」

「は? 俺?」

「あんた以外に誰がいんのよ」


 言われると確かに周りに人はいない。


「……イマジナリーフレンド?」

「あんたの中で私の人物像はどうなってんのよ」


 イマジナリーフレンドってのは、脳内だけにいる架空の友達のことだ。時たま、実際にそこにいると思って会話する人もいるらしい。


「金なら貸さないぞ」

「違うわよ」

「ならなんだ。前世でも思い出したか。ああそうだよ。お前の前世はジョージ・シルバニア・マッチョン丸。その実りに実った二の腕で俺の親友の従妹の友達のあばらを砕いた極悪人だ」

「あんたの中で私はどうなってんのよ。そうじゃなくて」


 普段ならここまで話をはぐらかすと切れ散らかすのが彩絵という人物なんだけど、どういうわけか今日は食い下がってくる。


 よほど大事な話なのだろうか。

 いや、違うだろう。

 大事な話ならやはりまじめにやれと怒るはずだ。


 かといってくだらない話かと言えば、それも違う気がする。そんな無意義な時間を、彩絵が俺に費やすとは思えない。


「あんた、子午さんの歌ってわかったってことは、歌ってみた動画とか聞くわけでしょ?」

「んあ?」


 なんて?


「歌ってみた動画とか聞くんでしょ?」

「そりゃ、聞くけど……」


 わからん。

 何故彩絵が俺にそんなことを聞くんだ?


「ふーん? 誰の歌とか聞いてるわけ?」

「それ聞いてどうすんの?」

「いいから答えなさいよ!」

「何故俺が怒られなければならんのか」


 なんか今日の彩絵はおかしいぞ。


「あ、もしかしてお前が子午の歌聞いてたの俺が言いふらすとでも思ってんのか? そんな真似しねえから安心しろよな」

「それをしたらあんたの家にシロアリ放り込むから」

「やることが陰湿……」


 まあやらないから報復されることもないだろ。


 姿勢を戻し、休み時間を自堕落に過ごす準備をする。


「こら、まだ話は終わってないわよ」

「え、まだ続けるの……?」

「あたりまえよ」


 やけに食いつくなぁ。


「ははーん、わかったぞ。昨日の逆恨みだな? 俺の好みでも聞いてからかおうとしているわけだ」

「ち、違うわよ!!」


 図星だこれ。


「だ、誰があんたの好みなんて興味があるもんですか! ただ私は一視聴者としてほかにどんな歌い手さんがいるかを知っておくべきだと思っただけだから! あんたの弱みを握ろうとしてなんかいないんだから!」

「えー、本当かなぁ?」

「しつこいわよ!!」

「ま、いいけど」


 これ以上からかったら我が家にシロアリを投げ込まれて、庭にミントの種をばらまかれかねない。

 こいつはやると言ったらやる。

 そんなスゴ味がある。


「まず『うぃむうぃむ』さんだろ? それからVシンガーの『リィン』さん、『グランデ』さん。『祖先はイブ』さんに『みしろん』さん。それから――」

「ちょ、ちょっとまって思ったより多い! 一番は? 一番は誰?」

「人が作ったものに優劣をつけるのはどうかと思うぞ」

「ぐっ」


 優劣をつけるってのは、いい部分と悪い部分の両方に目を向けることだ。なぜなら、持ち味や得意分野はそれぞれ違うから、総合的な部分で見なければ比較のしようがないからだ。


 俺個人としては、それはどうかと思う。

 ただその人がどう感じたか、何を受け取ったか。

 それだけで十分だと思う。


 受け取った結果、感想で形を残してもいい。

 触発されて、別の新しいものを生み出してもいい。

 自分の胸の内に納めていてもいい。


 大事なのは、その作品と巡り合って、自分にどんな変化が現れたかじゃないかなって、俺は思うんだ。


「……わかったわ。メモするから、もう一回言ってくれる?」

「おまえ……、マジで今日どうした……」

「あんたの方が詳しいのが癪なのよ」

「納得」


 こいつの負けず嫌いは知ってたけど、こういうところでも発揮されるんだな。


「まず――」



(お、多い……)


 自宅について、彩絵は和馬から聞いた歌い手リストを眺めていた。


(あいつ、予習も復習もしないくせに、どうして歌い手に関してはこんなに詳しいのよ)


 ざっくりと名前を検索していくと、チャンネル登録者数100万人を超えているひとから、3桁に乗ったばかりの人まで幅広い層を抑えているのがわかる。


(一応全員分聞くけど、どの順番で聞こうかしら)


 彩絵は悩んだ。

 うんと悩んだ。

 うんと悩んで、妙案を思いつた。


「あ、そうだ。子午さんにも聞いてみたらいいのよね」


 それで両者がお勧めしている人物がいればそこから聞いていくとしよう。

 そんな感じで、彩絵は子午にDMを送った。


『お疲れ様です。シロハです。子午さんに質問があるのですが、おすすめの歌い手さんはいらっしゃいますか』


 そのあとに続けて、子午から歌ってみた動画を知って、もっといろんな人の動画を聞いてみたいという旨を伝えた。

 返信は早かった。


「あ、もう返信きた。『うぃむうぃむ』さんに、『リィン』さん、『グランデ』さん。

 この人たちはあいつもお勧めしてたわね。

 それから『祖先はイブ』さんに『みしろん』さんに――え?」


 彩絵は思わず、和馬から聞いた歌い手リストと照らし合わせた。


「そんな偶然って、ある?」


 順番から、人物まで。

 二人が提示したリストは、完全に一致していた。


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