たしかなもの
誹謗中傷や親との関係に苦しんでいる人、人を恨み切れない人、人を傷つけることができない人、そういう人たちが傷つきすぎることのないように、少しでも心を守る助けになれば、と思って書いたお話です。今回、このお話でいちばん伝えたかったことを書いていますので、ぜひ、読んでみてください。
心に住む仕分け人と針の番人。
仕分け人が相手に飲まれてしまって、なんでもかんでも自分が悪かったんだと思ってしまうと、何度も何度も針の番人に心臓を突かれてしまうことになる。何度も何度も自分で自分を傷つけてしまうことになる。
そうなってしまうのを防ぐには、『自分に問題ナシ』のときは針の番人が心臓を突かないように、仕分け人が『自分に問題ナシ』って判断するしかないんじゃないか――って僕は思った。
僕の考えを告げると、ミヤくんはパッと顔を輝かせ、僕の言うことにうなずいた。
「キッチリ仕分けていって、『自分に問題ナシ』なことを『自分に問題ナシ』って判断することができれば、針の番人が針で心臓を突かないから、心を傷つけずにすむ。それが、自分を傷つけ続けるドロ沼から抜け出る方法! なんだよ~!」
ミヤくんが声を弾ませる。続けざまに、
「『自分に問題アリ』って判断してるけど、そのせいで心臓を針で突いてしまうけど、その判断がホントに合ってるかどうか不安で何度も何度も自問自答してしまうんやからさ? せやったら、『自分に問題アリ』で合ってるかどうか、しっかり考えて、しっかり判断するしかないワケ。しっかり判断して『自分に問題アリ』ってなるのなら、自分に問題アリなんだって受け止めることができるから、何度も何度も『自分に問題アリ』でいいんかな? って不安になんないし。しっかり判断して『自分に問題ナシ』なら、自分に問題ないんだから心臓を突くのやめる」
自分の中で一つひとつ確かめるように言う。
僕も、心の中で、一つひとつ確かめる。
自分の心の中の仕分け人と針の番人が、自分で自分の心を傷つけるドロ沼にハマってしまってしまったら、仕分け人が仕切り直して冷静に判断し直すことで、ドロ沼から抜け出すしかない。
逆に言えば、そうしない限り、ずっと自分で自分を傷つけ続けることになってしまう。
ミヤくんはふっと息を吐くと、自分自身が口にしたことに大きくうなずく。それから、まじめな顔でキリッと告げた。
「結局さ、人から何かキツいこと言われたりされたりしたときに、自分の心を落ち着けようと思ったら、『自分に問題アリ』か『自分に問題ナシ』か、仕分け人がしっかり仕分ける! それしかない! ってところに行きつくんやけどさ?」
「うん」
「冷静に、仕分け人が『自分に問題アリ』か『自分に問題ナシ』か判断できればいいんやけど、人からキツいこと言われたときって、たいていはキツいこと言われるって思ってない無防備なとこに食らうから、余計に衝撃のデカさがハンパないっつーか」
「うん」
「えっ? 今なに言われた? ってパニクるうちに、相手が繰り出してきた衝撃の強さに飲まれて、仕分け人が動揺して、冷静な判断ができなくなって、自分に問題のないことも『自分に問題アリ』にしちゃいやすくてさ?」
「うん」
「相手からキツいこと言われて、もう、反射のレベルで『自分に問題アリ』にしちゃって、針の番人に心臓突かれる。このときの痛みが、さっきも言ったけど、第一波の衝撃、ってことになるワケやけど――」
「けど――?」
「さっきも言ったけど、正直言って、この第一波を防ぐっていうのは、難しい――っつか、ほぼ無理」
ミヤくんが険しい顔で言う。
仕分け人が、どれほど、的確に『自分に問題アリ』か『自分に問題ナシ』か判断できるしっかり者の仕分け人に成長したとしても。人から思いもよらないキツいことを言われたときであっても、仕分け人が、冷静に、完璧な仕分けをすることができるかというと……それはどうしたって、難しいだろう。
相手の言い方が強いとき。
相手が、自分は正しいという顔で、当然のことのように言ってきたとき。
そんなとき、それでも『自分に問題ナシ』と判断するのは、きっと簡単じゃない。
だって、自分のことを、完全無欠な人間だなんて思えない。完璧な人間なんているわけがない。なんにも間違えずに、正しいこと、いいことだけをしていくことなんてできるわけがない。どうすればいいかわからないこと、何を選べばいいかわからないこと、そんなことばっかりで。迷って悩んでくよくよして。よかれと思ってやってみたらうまくいかなかったなんてこともある。よくないことだと思わずに、人を傷つけてしまうことだってある。
自分が何かよくないことをしてしまうかもしれない。――それはどうしたって否定できない可能性で。
だから、人から、自分の方によくないところがあると言われたら、『自分に問題アリ』なんだ、って、反射的に思っちゃう方が、ふつうかもしれない。
「けど、第一波は防げなくても、そこで食い止める!」
ミヤくんが強い声を出した。
ピリッと空気が震えた気がして、僕も身を震わせる。
「肝心なのは、そこんトコ! 第一波で止める! 第二波、第三波、って引きずらない!」
ビシッ、ビシッとミヤくんが空気を震わせる。
ミヤくんが言いたかったのは、このことだったんだ――。
僕は理解した。
第二波というのは、『自分に問題アリ』って判断したけど、本当にそうかな? って不安になって、『自分に問題アリ』かどうか考えてみるものの、仕分け人がまだ冷静な判断ができる状態じゃなくて、また『自分に問題アリ』って判断しちゃって、針の番人が心臓を傷つける、そのときの痛みのこと、だよね? そうやって、仕分け人が相手に飲まれて、冷静な判断ができなくなる状態にハマってしまうと、エンドレスに針の番人に心臓を突かれ続けることになる。
ミヤくんが言っているのは、まったく傷つかずにいることは無理だとしても、針の番人に無限に心臓を突かれ続けないように、歯止めをかけなくちゃいけないってことだ――。
「そうだね、そうだよね」
僕はうなずく。
ミヤくんも僕にうなずき返して、
「相手が強く出てくると、反射的に相手に飲まれちゃって、冷静に判断できなくなることがあるけどさ。もしもそうなってしまっても、すぐに仕切り直して、相手の強さに惑わされずに、相手の言ってることと、自分のやっていることを比べて、自分に問題があるかないか、しっかり判断し直さなくちゃいけねーの」
僕の目をまっすぐ見ながらそう言った。
「そうやって、必要以上に傷つかないことが大事」
ミヤくんが言う。
「必要以上に傷つかない?」
ちょっと変わった言い方をするなと、僕は首をかしげる。
「必要以上に傷ついちゃダメ――必要以上っていうか、んーと、ホント、最低限。最低限にする。心に傷がつくのを最低限に抑える、そーゆーカンジ?」
ミヤくんは、自分の中から言葉を探ぐり出しながら、感じていること、考えていることを口にしていく。
「人からキツいこと言われたときって、無傷でいるのは難しいし、傷つかずにはいられない分は傷つくしかないんやけどさ? 無限に傷つくようなことがあっちゃいけねーの。――つまり、傷つくしかない分は傷つくけど、それよりもっともっと傷つくようなことがあっちゃダメってコト」
自分が言ったことに間違いがないというように、うなずくミヤくん。
「そのためには、えっと、最初っから仕分け人が冷静に判断できればいいけど、もしもそうできなくて、相手に飲まれてしまったとしても……どこかのタイミングで、仕分け人が冷静に判断し直さないといけないんだね」
僕が言うと、
「そゆコト」
ミヤくんはにっこり笑った。
「そっかぁ……。判断のし直しをキッチリしなきゃいけないんだ……」
できるかな? と、ちょっと不安に思うと、ミヤくんが、んー、と何か考えるそぶりを見せる。
それから、「あ」と声を上げた。
「オレは、けっこう歩く!」
と、ミヤくん。
「歩く?」
なんで歩くって言い出したのかわからず、オウム返し。
「そうそう。オレの場合、母さんからキツいこと言われたり――母さんからじゃなくても――ぺしゃって凹むようなこと言われたりして仕分け人が冷静さを失ってしまったときって、ひたすら歩いたりする」
ミヤくんは、なんで歩くって言い出したのか、そんな風に説明した。
「歩くの?」
歩くのと仕分け人と、なんの関係があるんだろう?
僕は首をかしげ、ミヤくんに聞く。
「歩くって、どこを歩けばいいの?」
ミヤくんは笑って首を振った。
「どこってことないよ。どこでもいい。その辺をただひたすらずんずん歩くの。ずんずんずんずん歩いてると、だんだん無心になるっていうか、頭ん中で何にも考えてない状態になるからさ? その何も考えてない状態をしばらくキープすると、リセットできるっていうか。仕分け人がちょびっと冷静さを取り戻せたりすんの」
だから歩くことが多い、と、ミヤくんが語る。
「冷静になれば、判断し直せる。そうすれば――それ以上、傷つかなくて済む」
まあ、冷静さを取り戻すためのやり方は人それぞれだと思うけど、と、ミヤくん。
やり方は自分なりの方法をいろいろ試して見つけるとして。
冷静に判断し直すことができさえすれば――。
「心ってさ……自分の中で『自分が』『自分を』『繰り返し傷つける』のを止めることで、守られる部分は、必ずある」
そう言って、ミヤくんは口もとに笑みを浮かべる。力のある目。自分の口にしたことを信じている。
――確かなものが、ミヤくんの中にある。
僕はそう感じて、うなずいた。
無傷でいるのは難しい。
だけど、傷つきすぎる必要はない。
「そうやって、最低限の『傷つき』で済ます。――それが、心を守るために、いちばん大切なコトで。やんなきゃいけないことなんだ」
最低限の『傷つき』で済ます――。
それが、心を守るためにいちばん大切なことで、やんなきゃいけないこと。
そして――きっと、ミヤくんがいちばん伝えたかったこと。
ミヤくんの笑顔は晴れやかで、迷いがない。
ううん、もしかしたら、迷いはあったのかもしれない。迷って迷って、いろんな道をたどって行きついた場所。そこにはやさしい風が吹いていた。僕の心にも吹きこんでくる。
心が傷つくときの痛みを想像して重苦しくなっていた心の中のもやを吹き飛ばし、さわやかにする、ひと吹きの風。
やわらかく、やさしく、心を包みこむ。
たくさんの言葉。
たくさんの想い。
たくさんの――願い。
「オレは、ちゃんとそうしてるから。最低限の『傷つき』で済ませてるから。――だから、母さんにいろいろ言われても、大丈夫!」
バッチリVサインを決めながら、ミヤくんはキッパリ言い切った。
「うん!」
僕は笑顔で大きくうなずいた。
ミヤくんは傷つかないわけじゃない。
だけど。
心を守るにはどうすればいいか、ミヤくんは、ちゃんと心得ている。
だから――大丈夫!
僕たちは笑顔を交わし合い、また、何も言わず、どちらからともなく、歩き出す。
家路を進む足取りは軽く、今日の夕ごはんは何かな? なんて話しながら――。
気づけば、空が茜色に移ろおうとしていた。
今日も一日が暮れていく。
やがてやさしい夜の世界が訪れたら、藍色の空の下で、僕は夢を見るかもしれない。
小人たちの夢を――。
〇 〇 〇
言葉って、人の心をいやしたり、あたためたり、救ったりすることもあるけれど。
人の心を傷つけて、ズタボロにしてしまうこともある。
だけど、本当はそうじゃない。
人は、誰かの言葉に、心を傷つけられるわけじゃない。
誰かの態度に、心を傷つけられるわけじゃない。
人は自分で自分の心を傷つけている。
これまで何も考えずに、心が痛んだら、ただ、その痛みに耐えるだけだった。
だけど――。
自分の心を傷つけているのは、自分自身で。
自分は自分から逃れることはできないから。
自分で自分の心をズタボロにしていくのなら、自分で自分にやめさせるしかない。
心を傷つけすぎることを、やめさせるしかない。
人からひどいこと言われたら――。
キツい態度とられたら――。
人は傷つく。
傷つくけれど。
どれくらい、どう傷つくか、その痛みをどう受け止めるか。
自分の傷は、自分で選べる。
そのことを忘れないで。
仕分け人と針の番人は、心を傷つけるけど、心を守る。そんな存在――。
おわり
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
人から言われたことに傷ついてしまう。そういう経験は誰にだってあると思います。
自分自身、悪意を持って人を誹謗中傷することはなくても、思わず人を非難したり糾弾したりしてしまうこともあれば、他愛ないことを言ったつもりで相手を傷つけてしまっていることもあるわけで……。
人から言われたことに傷ついたとき、そのことをどう受け止めればいいのか考え考え、この話を書きました。書いているうちに、この話を書き始めたときには思ってもみなかったような『自分の中の真実』を発見したり……。
自分の心と向き合うのは、大切なことだと思います。
人は人から支えられ、人によって救われますが。最後に自分の心を救える救世主は、実は自分自身だと思うのです。
心を傷つけ過ぎてしまう、やさしい人の心が、傷つき過ぎてしまうことのないように願っています。
人が人を傷つけないような社会づくりをどのように実現させるかという問題については、「秘密組織に入りませんか?」というシリーズで書いている「一人ひとりが人を思いやる力」、そして「裏主義」によって実現できると思っていますが。この件は、また改めて、同シリーズで書いていきたいと思います。
次回は、魔法少女系の新しいお話か、「秘密組織に入りませんか?」シリーズの、香港デモやアフガニスタン、少子化問題などを書いた未投稿作になるかと思います。
ぜひ、読んでみてください!




