六
「付き合っている女性はいます」
橋口さんの質問に源城先生は答えました。
「え…」
橋口さんは心の準備をしていなかったようで、打ちのめされた表情をしていました。私は窓の外を向きつつも、その顔を横眼でちゃんと確認します。
「みなりん彼女いるんだぁー!いっがーい!」
近くに居た派手な生徒達が話を聞きつけ囃し立て始めます。
「彼女何歳?」
まだ打ちのめされている橋口さんの代わりに、派手な生徒が質問を続けます。
「ええと…三十歳です」
「何してる人?」
「教師です」
「ええ!この学校ぉ?」
「違います。小学校の教師です」
「美人?写メとかねえの?」
「……」
先生は答える気はないらしく、口を噤んだ。派手な生徒もさして興味があるわけでもないようで、ケチ!と言い放ち自分達の会話に戻ってゆきました。
「じゃあ、橋口さん後で職員室までプリントを持ってきてください」
先生は本来の会話の要件を橋口さんに再度確認する。
「……はい……」
蚊の鳴くような声で、しかし何か言いたげな顔を向けて橋口さんが先生を見上げます。
「…よろしくお願いしますね」
先生は不思議そうに言い返し、教室を出て行きました。
橋口さんのショックはいかほどなのか私には想像に難しいのですが、しばらく元気がなかったことは事実です。
私としては観察する際に、源城先生は休みに釣りをして、三十歳の彼女がいることを踏まえるだけです。
次の段階として私は一つの仮説を立てることにします。
源城先生は表情があまり変わらない。喜怒哀楽の感情の起伏も控え目。授業は数学の苦手な私でもわかりやすく、つまずきそうなポイントでは何通りかの解釈を提示してくれる。その中でそれぞれがしっくりくる方法を選べる。生徒に対してはちゃんと聞く耳を持っている。釣りに時々父親と行き、三歳年下の彼女がいる。
私が源城先生について、今現在知りうることの全てです。
自己紹介の後に見た横顔だけの微笑みは、無かったことにしてしまいたいので、消去します。
その上での仮説は、源城行孝先生は教師という仕事の要領を知っていて、私生活も幸せそうだ。それを踏まえての仮説は、うっかり心を許した発言をしてしまっても、いつも通りに対応してくれるだろうと、いうことです。
これは大事な事です。いつもの教師の仮面をつけていてくれないと、正体見たり、とまではいかないまでも、先生に対して警戒せざる負えないからです。
そんなこと普通の生徒が考えないと思うかもしれませんが、私は大人は完璧ではないことを嫌というほど知っています。なぜ知っているかは私の不在がちな両親の恥になるのでわざわざ思い返しません。




