五
話が逸れました。橋口さんのことに戻ります。
食道で橋口さんは声を潜め、笑ってしまうのを堪えるようにあえて難しい表情をつくっていました。
「みなせんって少しづつ残念な感じだよね」
「えー!どういうことぉ?」
私以外の女子が口々に言います。どこか嬉しそうに。
「しーっ!」
橋口さんが近くの席で男子生徒達と食事していた源城先生を気にして人差し指を口元に当てます。昼食を源城先生は毎日食堂で食べます。橋口さんは必ずその近辺の席にいました。
「あのね…」皆の顔を寄せ集め、橋口さんがとうとう歯を見せて笑います。私も皆に倣い顔を輪の中に寄せます。皆、源城先生の方を見たくてうずうずしたように黒目をきょときょとさせていました。
「まず、眼鏡が残念。眼鏡外したらけっこういい男だよ」
私は内心ぎょっとしました。いい男、という言葉にです。橋口さんはどうやら源城先生を異性として意識しているようです。
皆が頷き合ってクスクスと笑います。…橋口さんだけじゃなかったようです。
「あと、話し方が残念。絶対に敬語を崩さないでしょ?だから笑わないんだよ」
「……綿貫さんも敬語だよね」
十分頷き合った後、一人の女子が、はたと気づいたように私を見ました。橋口さんが瞳孔を開いて私の方を向きました。
「そういえば笑わないよね」
源城先生と私の共通点が面白くなかったのか橋口さんが白けたように顔を上げて言います。
私は何か言おうと思いましたが、何を言えばいいというのでしょうか?源城先生と私の共通点が発覚してそれは私の責任ではないはずです。笑わないのも笑う理由がないからです。
私はただ黙って橋口さんを見据えました。
それ以来、昼食は一緒に食べていません。気さくな橋口さんの声がけも私にはなくなったのです。