四
私がクラスで孤立したかというと、していません。
まずは隣の席や前の席の子に話かけました。自己紹介の件は冗談だとそれとなく伝え、当たり障りない会話から少しずつ始めました。皆、私をきっぱり拒絶するほどには高校生活に馴染んでいなかったのも幸いしたのかもしれません。
新緑が目に忌々しい頃にはクラスの女子と気さくな会話が出来るまでになっていました。
私は普通です。普通の生徒なのです。
源城先生も、特に何も私に言ってきませんでした。
最初こそ、私は先生と身構えて会話をしましたが、源城先生は素っ気ないくらいの対応だけです。
観察をしていて分かったことですが、誰に対してもそのような態度でした。大抵の生徒は教師と近からず遠からずの距離を保っていましたが、どこにでも先生と親しくなりたがる生徒はいるもので、源城先生にも数人のまとわりついてくる生徒が存在していました。
主に見た目は地味で性格は明るい女子。
そんな女生徒たちは源城先生の教師でない面に興味があるようでした。
「休みの日って何してますか?」
一人の女生徒が明るく質問します。私は自分の席で頬杖をつき、窓の外を眺めながらも耳をそばだてていました。こうした情報は観察するうえで有用になりうるのです。
「…授業の準備です」
私は密かに鼻で笑います。思った通りの事を源城先生が言ったからです。でも、この情報は特に有用の部類には入りません。
「そういうのじゃなくって、趣味とかの方ですよぉ」
そうそう、と他の女生徒が同意して先生に詰め寄ります。
「…そうですね…趣味とまではいきませんが、時々、父親と釣りに行きますね」
意外でした。質問した女子達も驚いて「釣り?」と、きょとんとしています。源城先生と海…川かもしれませんが、とても似つかわしくない。テレビで放送している釣り番組を思い出して、先生にそれを当てはめてみると、笑えます。悪い意味じゃなく、良い意味で。
「船で朝、暗いうちから沖に出て、けっこう本格的ですよ」
楽しそうに先生が言います。
源城先生も大物が釣れると、テレビに出てた釣り人のように嬉しそうに笑うのでしょうか。
「ふうん」、と女子達は答えるしかありません。女子高生で釣りに興味がある人は多くはないでしょうから。
先生も察したらしくそれ以上話しを広げることはしません。
「彼女は?付き合ってる人はいますか?」
また同じ女子が質問をします。橋口真央という名前です。橋口さんは派手な生徒達以外には男女問わず誰にでも気さくに話しかけます。広いおでこに薄く前髪を垂らして校則違反にならないよう腰まである髪を低い位置で一つに束ねています。
私は橋口さんのグループと何度か食堂で一緒に昼食を食べたことがあります。孤立しないまでも、休み時間や昼休みを一緒に行動する相手がいない私に気遣って、こっちおいでよ、と声をかけてくれたのは橋口さんでした。
その際に度々源城先生の話題が出たのです。
私はもちろん余計な事は言わずに、聞き役に徹していました。橋口さんのグループの女子は源城先生に好意的でした。
みなせん、と密かなあだ名までつけていたのです。もちろん、本人の前ではちゃんと源城先生と呼びます。その辺の節度というか、弁えは心得ている人達です。派手な生徒はすべからく、みなりん、と先生を気安く呼んでいましたが…先生もそれを咎めるふうでもなく、普通に受け入れていました。
真面目で固そうな印象でしたが、まだ子供の配分が多すぎる私達を源城先生は責めたりしない人でした。それがちゃんと伝わっての、みなりん、なのです。