二
私は俄然、源城先生に興味を持ちました。
入学式後、教室に戻ると源城先生も遅れてやってきました。
「改めて、このクラスの担任の源城行孝です。担当教科は数学です」
私は出席番号順の席順である、窓際の一番後ろの席から先生の言葉をちゃんと聞きます。
あいにく、数学は苦手です。第一志望の高校に落ちたのもきっと数学のせいです。そんな恨みのある数学を源城先生が教えるなんて、かさぶたを思わず引っ掻いたみたいにむず痒い。
「え~歳は三十三で、結婚はしてません。両親と犬と住んでます」
犬。犬は好きです。見ているだけで悲しくなるほど。
「こんな感じで明日は皆にも自己紹介してもらいます。それでは学校からの手紙を配ります」
ざわめいた皆の反応をよそに源城先生は手紙を配っていきます。
私は先生を観察します。
なにしろ、一番後ろの席だから前の席の人がまわす手紙を受け取るだけです。全部で十部近くの手紙が次々にまわってきます。
源城先生は忙しく教室の前の席を端から端まで何度も往復します。それが終わると、配った手紙の種類を一つずつ皆に確認してゆきます。
先生は実際の歳よりも若く見えます。でも、眼鏡の向こうに時折見え隠れする眉間の皺で怖そうな感じがします。皆を見ているようで見ていない視線が神経質そうにも思わせます。
私は手紙の確認もせず、源城先生を観察し続けます。
先生と目が合います。
それもそのはずです。皆は手紙を先生の確認と照らし合わせる為うつむきがちにしているのに、私だけは顔を上げて前を、源城先生を見ていたのですから。
先生は入学式の時と同様に目を一瞬くわっと見開いて、すぐに視線を逸らせました。
「ちゃんと確認しとかないと後で困りますよ」
先生は誰ともなしに教卓に手をつきうつむいて言いました。それはきっと私に言ったのでしょう。
私はもっと源城先生を観察していたかったけれど、反抗的な生徒と思われたくないので手紙を確認する振りをします。
焦ることはないのです。
明日も明後日も…今日から一年間必ず源城先生はこの教室にやって来る。時間はたっぷりあります。