十
「ぼくが動揺するのか試してます?」
私は息を飲みます。
「今、関係ない橋口さんの話題を突然してくるのはそういうつもりですね」
源城先生がうんざりしたようにため息を静かにはきます。
「…先生、彼女、目障りなんですよ。ただでさえ気の向かない学校生活であからさまな態度をふりまかれるのが。さっさとふってあげてください。先生、彼女いるんですから当然そうしますよね」
しまった、と思いつつも私は挑発をやめませんでした。この後の展開が読めないことがわくわくしたからです。
ああ、先生は怒りますか?たしなめますか?
「自主性、と言ったことを覚えてますか?綿貫さん」
「…はい」
先生の意図が分からず私は密かに身構えた。
「目障りな人がいるのなら、自分でどうにかしてください。それにぼくの行動は綿貫さんに決められることじゃないです」
「……」
「橋口さんに対して行動するのならよく考えてしてください。これはぼく個人の忠告ですけど」
意外に強く出られて、私は源城先生を知らずに睨んでいたようです。先生はそんな私に苦笑してこう付け加えました。
「全寮制の女子校にいるあなたのお姉さんに迷惑がかからないように気をつけることですね」
我に返ると、コップから牛乳が溢れてカウンターを白く塗り変えていました。
壁掛け時計の秒針の音だけが響くリビングキッチンで、私は一人、怒りとも羞恥ともとれる震えに見舞われていました。
あの先生は、源城先生は一体、どういう方なのでしょうか。
キッチンペーパーをぐるぐるとこれでもかというほど巻き取り、こぼれた牛乳を拭きとります。
牛乳を含んで重くなって丸まったキッチンペーパーを、ゴミ箱に叩き捨てます。
よりによって姉の話題を出されるとは思いませんでした。




