三
「庭を掘り返すか」
オリフィスが言い出す。
「金塊を見つけて、取り出して、また埋めたのなら、まだ土は柔らかいだろう?」
「埋蔵金ねえ…」
オレオ姫が呟くが、すぐに頭を振る。
「ブンゼンバーナー、ベンチュリの交友関係で聞き込みして」
「ガーデニングが趣味だったとは思わないけど。」
オレオ姫の言葉にベルヌーイは頷く。それが一番手っ取り早い。
「彼女がどこにいるかはすぐわかると思うけど」
この時は、流国内のどこかにベンチュリがいるだろう、と思っていた。
翌日、フェルメールと一緒にラトゥーの城に現れた人物に驚く。オレオ姫とおそろいの騎士服を身に着けたベルヌーイと会ったときは、特段表情は変わらなかったのに。
「ようこそ、クリープ皇太子」
ダニエルを胸に抱いて現れたオレオ姫と会ったとたん、表情が変わったのがわかった。
「ウォッベの元王妃の住んでいた家が火事にあった件で来たのだけど」
ダニエルの小さな手が、オレオ姫の首にまわって、声を出す。
「よく、似てるね」
先日、フェルメールがベルヌーイの家を訪ねた際の報告を聞いて、確認しにきたのだろう。
「ええ、そうなの。髪の色も、目の色も、全部。」
「私の大好きなベルヌーイにそっくりなのよ」
オレオ姫が少し重くなったダニエルを抱きなおして、笑顔でダニエルの目を覗き込む。
↩
クリープ王子のすぐ横で、ベルヌーイは口が挟めない。
まるでいつのまにか自分の好きな女が自分とは別の男の子供を産んでいたような泥沼的な情景にも見える、が、その場合、自分はどうしたらよいのだろう。
ベルヌーイが困っていると、フェルメールと目が合う。ジェスチャーを交えながら口をパクパクしている。
「”報告書がみたい”?」
ベルヌーイが呟くと、フェルメールは頷く。フェルメールも困っていたようである。
オレオ姫とクリープ王子を残して、事務方は別室にそっと移動する。何故か
レイノルズもついてきた。騎士団長のテーパとラトゥー国王のオリフィスがいるので、まあ、大丈夫だろう。
「庭木は、これといった珍しさはないですね」
辺鄙な古家に合った、予算に合わせた手頃な庭木ばかりであった。
「もう一度、現場に行きますか?」
ベルヌーイが訊くと、フェルメールは残念そうな顔をした。
「一度現場を見てから、こちらに来ようと思ったのですが」
「?」
「今朝の時点で工事が始まっていました」
「工事?」
「ええ。持ち主はベンチュリの元恋人ポアソンなんですが、火事の報告を聞いてからすぐに来て、すでに取り壊し始めています」
「それは急な…」
「何かを隠したかったのでしょうか?」
「さあ?でも、ポアソンの周りも調べたほうがいいでしょうね」
「ポアソンか」
確かにベンチュリをたいして重要視していなかったので、元恋人のポアソンなんかまったく調べてもいなかった。
↩
別室からオレオ姫のところに戻ると、オレオ姫とオリフィス国王とスパッタ王女とダニエルしかいない。
「え。あれ?クリープ王子は?」
ベルヌーイが驚いて訊くと、オレオ姫が振り向いて応える。
「テーパと外に行ったわ」
「え。」
まさか外で決闘だ!とかやっているとは思わない。なぜなら、そんな危機せまった感じは全くなかったし、残されたみんなはおもちゃで遊ぶダニエルを囲んで、スパッタ王女が忙しなくよくしゃべり、オレオ姫もオリフィスも楽し気に見ていただけであったから。
「テーパがどうして?」
一瞬、二人が向かったという外、城の中央にある庭園にベルヌーイが向かおうと体の向きを変えると、ちょうど帰ってきたテーパを見つける。
身長はそう、ベルヌーイと変わらない。茶色の髪に、茶色の目。自分の隣に立つことが多い騎士団の副団長だった頃は、テーパは自分のせいで存在感が薄いと嘆いていた。オリフィスと一緒にいることでセットで扱われ、さらに個性的なアスピレーターやブンゼンバーナーのような特殊な人気もない。
地味な男。それがテーパであった。
性格も可もなく、不可もない。真面目で仕事はできるが、平均である。飛びぬけた特徴のあるオリフィス、ベルヌーイ、オレオの近くにいれば間違いなく、背景に溶け込んでしまうだろう。
目立つことなど滅多にしないテーパが何を話していたのだろう。
↩
戻ってきたテーパに、クリープ王子と何を話していたかを軽く聞いたところ、
「姫が生んだ子供じゃないですよ、て言っただけですよ」
クリープ王子はわかっていたようで、いらぬ心配でした、と笑っていて、ベルヌーイは拍子抜けした。クリープ王子は気にしていないようだったが、あまりにベルヌーイに似ていたので、親子で人気を独占しているよね、と応えたくらいだそうだ。
クリープ王子はフェルメールのいる別室に戻っていったそうで、ちょうどベルヌーイとは入れ違いになってしまったようだ。
しばらくして、フェルメールと共にクリープ王子が現れた。
「ポアソンのことは放火の現場を調べている者たちに指示を出したよ」
城に報告しにきた者に指示をだしたのだろう。クリープ王子の手元にはなかった報告書があり、
「ベンチュリは行方不明だそうだ」
「ポアソンは商売をしていたようだ。主に昆虫類」
「昆虫?」
その場にいた人すべてが声に出す。
あらためて庭の植生を思い出す。雑草だと思っていたが、雑草と言う名前の植物はない。ひとつひとつ、きちんと名前がある。
「あの庭になにがあったんだろうね」
「さらに、もうひとつ。」
「ポアソンはラバールでも商売をしていたようだ」
「浮気相手のポアソンと共にベンチュリは一緒にラバールに行ってたらしい」
「ああ、そうだ。浮気されないように気をつけてね」
クリープ王子がベルヌーイの方を向いて言った。
↩