十二
ベルヌーイが帰ろうとすると、広間に集まっていた小さな子供たちが追いかけてきて、次々と手紙を渡していく。
色とりどりの花や動物に折った折り紙をひとつひとつ眺める。
「ありがとう」
まだ幼い子供たちの精一杯の感謝。
それらをひとつ残らず持ち帰ることにする。
一人気になる子供がいた。エルボの側で世話をする一人の少女。エルボもそれを当然のようにさせてる。
最初の相手に花街の女を選んでしまった男は、それが基準となり、次も似たような女性を選ぶのかもしれない。気がきかない素人の女よりいいと、後妻を花街から迎える男の話も聞いたことはある。
「あの子は?」
ベルヌーイがチーズに訊く。
「あの子は、あたしがまだ小さいときに世話になってた、ねえさんの子供よ」
「ねえさんがここから出るときに連れていけなかったのよ」
チーズの代わりに、あの子がいるから、エルボはいいのだと言う。
何となく、エルボが後継者から外れた理由がわかった気がする。いつまでも花街から縁が切れない、依存性のある王子。
翌日、クリープ王子にラトゥーに帰る旨を告げて、流を後にする。
「何もかもが嫌になったんですか?」
気心の知れた従者を睨みつけ、ベルヌーイは荷台に寝転ぶ。
「クリープ王子が」
野獣王の機嫌を損ね過ぎないよう気を配ったのか、皇太女に何か言われたかわからないけど、
「休暇をくれたんだ」
働き方改革はここでも行われています。
↩
オリフィスが寝室の書斎でひとり事務作業をこなしている。本来なら、王宮内の事務室で作業をするのだが、個人あてに来た気になる手紙や極秘の資料などを確認するときは寝室にある小さな書斎で済ますようにしていた。
寝室のベッドではさきほどから、羽毛布団を軽く両足で蹴るような音がたまにしており、集中できるような状況ではなかった。
「うるさいぞ」
普段おとなしいオリフィスがついに注意する。
「だって!」
「一人娘なのに!」
「しばらく実家に帰ってないからって!」
「一人娘なのに!」
「自分の部屋がなくなるなんて!」
「一人娘なのに!」
ベルヌーイが両足を同時にバタフライのように羽毛布団にたたきつける。
「俺の布団に当たるな」
「ショック!ショック!」
しかも流に出張中の出来事である。一言くらい…。一言くらい…。
「荷物は王宮のベルの部屋にすべて運んであっただろう?」
「あたしの部屋、荷物でいっぱいになってて」
「暴れる場所もない!」
「ショック!ショック!」
ベルヌーイが両足を同時にバタフライのように羽毛布団にたたきつける。
「俺の布団が、薄くなる…」
「まさか、今日、帰ってくるとは知らなかったんだ」
ベルヌーイは驚かそうと一目散にラトゥーに帰ってきたが、帰ってくるなら荷物は別のところに急いで移動させるつもりだった。
↩
「ほとんどこっちで過ごしている時間が長いから」
「実家の部屋はいいかと思ったんだ」
「…こんな風に追い出される日が来るなんて」
「おい。勝手にかわいそうな自分を演出するな。」
「実家の荷物なんて言っても、空っぽのタンスばっかりじゃないか」
「あれは今後、荷物を入れる予定の未来のタンスです。」
一般的に花嫁道具と言われる、へそくりを入れるためのタンスです。
「あのタンス、全部、移動させるから」
「どこに?」
どこも一杯だから、必要のない武具や保管期間の過ぎた書類は破棄してくださいってアスピレーターが周知していましたよ。
「お前、公爵位の話、聞いただろ?」
「聞いたよ。紙切れ1枚。邪魔にならないでしょって」
ええ。紙切れ一枚専用の賞状入れは購入済みです。
「正確に言うと」
「紙切れは1枚ではない」
「え。何枚なの?」
「最低3枚ほど。公爵位権利。公爵屋敷権利。公爵土地権利。」
オリフィスが真面目に指を数えながら教える。
「は?屋敷?土地?」
「家だけやるけど、土地は借用じゃ、おかしいだろ」
土地の権利がなくなったら、屋敷を移動させる、とかおかしいだろ、とオリフィスは続ける。
「…」
そういう意味じゃなくて。
「そもそも、土地付きの家をもらう話は聞いてないんだけど」
↩
「アスピレーターから何も聞いてないのか?」
「いやいや、アスピレーターと今日そんなに話してないから」
お、ひさしぶりー!元気かー?程度です。
「どこに屋敷もらえるの?」
「ウォッベ」
「…ウォッベ」
別にどこがいいとか希望はないけど。
「俺はほんとは嫌だけど」
オリフィスが前もって言う。
「ラトゥーとしては、騎士としてのベルヌーイを残しておきたいそうだ」
「騎士として、もう、そろそろ無理だろう?」
「確かに最近太ってきたけど」
「いや、俺が無理。」
オリフィスはいつの間にか、書斎から寝室のベルヌーイのいるベッドのところに来ていた。
「急ぎの仕事、いいの?」
あたしは愚痴いっぱい言ったから、すっきりしました。
「お前が俺のベッドで騒いでいたら」
「仕事が手につかんだろうが」
オリフィスの顔がゆっくりベルヌーイに近づく。
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