十
ラトゥーの皇太女との会談が終われば、オレオ姫はラトゥーに帰っていく。最愛のオレオ姫が帰ってしまえば、ベルヌーイはラトゥーの姫騎士から流の官吏に戻る。
「あら、王子様。」
ラーソン妃に呼ばれる。
「すごく似合ってたのに、魔法が解けちゃったわね」
ラーソン妃が笑う。
「白とか金の刺繍とかすごく似合っていたのに」
官吏服はどちらかというと、濃紺色で地味である。
「お姫様、初めて会ったわ」
「クリープ王子が惹かれるのもわかるわ」
「知ってたとは…」
驚くベルヌーイに、
「あら。あなたも知ってたのね」
ラーソン妃は楽し気に返す。
ラーソン妃のお気に入りの花茶をいただきながら、ふと気づく。
「侍女が入れ替わりましたね」
「ええ、あなたが連れてきたゴダード。彼女、気に入ったわ」
ストドラ姫の乳母がラーソン妃を悩ましていた侍女を一蹴して、実家に帰したそうだ。
「”せめてこのレベルくらいできなくては恥ずかしい”から代わりをすぐに用意してって」
そう言ってラーソン妃は爆笑する。
「あーすっきりした!」
ラーソン妃の父母は自分の縁者しかラーソン妃の側に置きたくないので、代わりが来たところであまり状況は変わらないかもしれないが、それまでには少し時間ができる。
↩
「ゴダードが連れてきた下女。あたしの身の周りの世話をお願いしているのだけど。」
「一人、妊娠しているのよ」
まもなく出産する彼女をこのまま後宮に据え置くという。夫は流王宮内で官吏をしており、問題はないという。
狙いは。
「わたしもすぐに同じ状況になるでしょう?いい予習になればと思って」
嬉しそうにラーソン妃は笑う。
「今夜もきっと呼ばれるわ」
「ここ最近、連続で少し疲れちゃうのよね」
困ったようにためいきをつく、演技をした。
アフィン妃のところにも顔を出す。
「まあ、ベルヌーイ様」
嬉しそうにそう言ってから、
「あらやだ。わたくしったら、夫がいるのに他の男性にときめいたりして」
一人突っ込みをいれて、うふふ、と微笑む。
そして、その後は、
「あのね、玄君がね」
自慢の夫の話になる。
博識で、心優しく、穏やかで、
「この間、大きな蛇が出たの。もうほんと怖かったんだけど」
「玄君がするっと、棒に巻きつけて、ささっとどこかに片付けてしまったの」
その時を思い出して、何度もきゃあきゃあと騒ぐ。
別にそこで、自分だってへびくらい始末できますよ、とかいうわけではない。まあ、山育ちの玄君なら蛇くらい簡単だろう。種類を確認して、食用にしようかなどと言わないあたり、玄君らしい。オリフィスならきっと言ってただろう。
↩
「アフィンさま」
侍女が何かに気づいて、声をかける。
「そろそろご用意なさらないと」
「あ!」
アフィン妃もすぐに気づく。
「ごめんなさい。ベルヌーイ様、私、今日は玄君と約束があるのでそろそろ」
明らかにそわそわしだす。
「ええ。構いません」
アフィン妃に退出の言葉を述べて、アフィン妃の宮を出る。何となく、気になってラーソン妃のところに行ってみると、
「今夜は玄君の宮でお休みです」
おなかの大きな下女が出てきた。ゆっくりとおなかをさすりながら、
「じきにこうなりますわ」
妖艶な微笑みをした。
ラーソン妃が先か、アフィン妃が先か。まさか、三人でババ抜きでもしているわけではないだろう。
「同時に二人の妃を愛せるとはね」
玄君らしい、とも思う。
けれど、自分であれば、オリフィスと自分以外にオリフィスの寝室に女性がいるのは違和感がある。
「ベルちゃん」
自分の宮に戻る道の途中、角を曲がったところで、自分を待っていた人がいた。
「どうされました。エルボ様」
流国の第二王子がきちんと立って、待っていた。
「やっとね。僕の順番が来たと思って」
何度かね、声をかけようと思ったんだけど、いろいろ横からイベントが発生しちゃって。
「ほら。次は僕の初恋の話。どう?」
「すみません。別に、初恋を聞いてまわって小説にする、という目的ではないんですよ」
「え、そうだったの?」
↩
「ラバールの対策本部の立ち上げできております」
知っていましたか?立場的に知ってるはずだと思うんですが。
「うーん、でもちょっと僕の話も聞いてほしい」
「カウンセリングを受け付けているわけでもないんですよ」
悩みを聞いてほしい気持ちはわかるので、気持ちだけ受け取ります。
「では、失礼します」
「あ!冷たい!」
「なんかベルちゃん、僕に冷たくない?」
「冷たくはしていませんが」
「でもさっさと僕から逃げるように去っていくよね」
「エルボ様は話が長いって有名なんですよ」
「それ、よく言われる。」
自他ともに認めます。
「要点だけ、短くお願いできませんか?」
「うーん。それができたら、話は長いって言われないかと。」
「…」
「実はね、ちょっと一緒に来てほしいとこがある」
「上手く説明できないから、話は長くなるし」
「説明できない部分は直接現場見てもらうことになるから、いやなんだろうね。みんな。」
エルボは気にせずに笑う。
それ、誰でもいやだと思いますよ。