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白きドレスに淡き永遠の孤独  作者: うみゆき
淡い花火は儚く散って。
9/12

事実

今年で僕は21歳になった。

病院は退院してすぐに三咲は大学寮住いになったので、独り家族のローンを払い切った一軒家で住むことになった。想像以上に散らかっていた部屋をかたずけるのには独りでは一日を使うことになった。翌日のゴミは恐ろしい数になったのだが。

ゴミは案外多くて、昔の写真やアルバムなど思い出の残っているものは全て捨てた。そうして出来上がった部屋は、想像以上に大きかった。

今日も朝食を済まして朝の日課トレーニングを行う。

僕は21歳になってまた独りに戻っていた。



思いドアを開け、僕は靴を脱いで中に入った。

すると視界いっぱいに広がっていたのは、大量の点滴台。その線の先はすべて放物線を描いて部屋の中心のベットに集まっている。

僕はなるべく元気に挨拶をした。


「おはよう、サンドラちゃん。今日もいい天気だよ。窓を開けようか」

「あら、ごきげんよう。隼人くん」


僕は窓を開けてベットの近くの椅子に腰を下ろす。サンドラちゃんは真っ白な壁の一点を見つめていた。まるで、そこに何かがいると感じているように。


「どうかしたの?サンドラちゃん」


僕がそう聞くと、サンドラちゃんは首を横に振る。

サンドラちゃんは故意的に沈黙を作り出していた。

僕は静かに彼女が沈黙を破るのを待った。

蝉が遠くで鳴いていた。

デジャヴのような感覚が襲い掛かってきて、僕は小さなため息を吐いた。


「早く良くなると良いね。サンドラちゃん」


僕がそう言うと、サンドラちゃんは喉から搾り出したような小さな声で返事をした。


「もう私は、良くなんてならないよ」


静かな時間が僕達を包み込む。

僕は顔を引き攣りながら、叫ぶようにして言った。


「サンドラちゃん、何言ってんだよ…ッ。サンドラちゃんが良くなってくれないと僕が…」

「私ね、分かってたんだ」


サンドラちゃんの声が明らかに鋭くなっていく。

耳を塞ぎたくなるような現実が明らかになっていった。


「私が初めて会った日から、私の余命は決まっていたんだ。ちょうど二ヶ月後、どうせ隼人くんの方が先に死ぬって思ってた」

「…そんな」

「だけど隼人くんは救われた。私の命はもうすぐで終わりって時にね。笑っちゃったよ。まさか私の方が早く死ぬことになるなんて知り得なかったんだ」

「…サンドラちゃん」

「私は、結局は誰も救えない醜い存在だったんだわ。勝手に私は隼人くんを救える人間だって自己満足していたのよ。そんな馬鹿な私が、私の中で私を嘲笑っていたの」


サンドラちゃんはそう言い終わると僕に微笑んだ。

彼女に繋がれた点滴糸がゆらりと揺れる。


「それでも、僕とサンドラちゃんが過ごしたあの日々は、幻じゃないんだよ。僕は、サンドラちゃんを家族と思ってるから」

「…」

「今だって、僕はサンドラちゃんを信じてるよ。サンドラちゃんが僕に掛けてくれた励ましの言葉は、真実なんだって」

「貴方は、それだから優し過ぎるのよ」


サンドラちゃんの口調が早くなっていく。

僕の鼓動も同じく早くなっていった。


「だって僕は、サンドラちゃんの傍にいたから。サンドラちゃんの傍で、確かに僕は存在していたから」

「…」

「結局なところ、僕だってサンドラちゃんを騙してたんだ。サンドラちゃんの事を赤の他人と言い続けてきたけど、僕はサンドラちゃんを溺愛していた。だから、サンドラちゃんと別れることなんて出来なかったんだ」

「その件はありがとう。でも、もうお別れみたいね。昨日から聞いてる鼓動の振動数も、もう半分ぐらいになっちゃった。私は死ぬ前に貴方のような人に会えて…」


サンドラちゃんは僕の表情を見て言葉を止めた。

目を丸くして、驚いている様子ではあったが、困っている様子でもあった。

サンドラちゃんに会うまでは、決められた現実には逆らわないように生きようと決意していた。

そう、サンドラちゃんに会うまでは。

僕は、サンドラちゃんを。

気づけば僕は拳を握り締めて叫んでいた。


「僕…僕ッ…!さ、サンドラちゃんが死ぬのだけは、受け入れられないよ…ッッ!」


熱い涙が頬を伝って地に落ちる。

暑い夏の風が、一瞬病室の中に入ってきて風音を鳴らした。

サンドラちゃんは視線を落として白いシーツを握り締める。

その力は、弱かった。


「私だって、死にたくないよ」


サンドラちゃんはそう漏らすと、何かのスイッチが入ったように顔を上げて僕を睨みつけ、叫んだ。

言葉の雨が、僕を叩き付ける。


「どうして私なの…ッ?私が何をしたっていうの?私は何もしていないのに、私がどうして死ななきゃならないの?おかしい、おかしいよ!だんだん幸せだった隼人くんとの記憶も薄れてくるの!あんなに楽しかったのに、あんなに幸せだったのに、全部全部幻のように消えていってしまうの…ッ。おかしいよ、おかしいよ…!」


サンドラちゃんが泣くところなんて見たことがなかった。

見たくもなかった。

サンドラちゃんには、いつもいつも笑っていてほしかった。

サンドラちゃんの笑みは、いつも素敵だったから。

だけど、サンドラちゃんは子供のように泣いていた。

怖いのだろう、死という未知なる存在が。

命を失い冷たい世界に移るという現実が。

僕だって、死が怖い。

死んで永遠に孤独でいるのが、怖くて仕方が無いのだ。

誰かと心中しないかぎり。


「サンドラちゃん、聞いて欲しいんだ。僕の命はサンドラちゃんに救われた。だから、この命は僕のものでありながらサンドラちゃんの物でもあるんだ」

「…」

「だけど、最期くらいは僕の命にして欲しい。僕の命を、僕の意志で動かしたいんだよ」

「隼人くんは何がしたいの?」


僕は微笑んで言った。


「サンドラちゃんの後を追いたいんだ」


「隼人くん、何をふざけてるの?」


サンドラちゃんの口調が明らかに鋭くなっていた。

僕は冷静に言葉を返す。


「僕は、サンドラちゃんの傍にいたいんだ。サンドラちゃんに救われた命を、君の元で断ちたい」

「ふざけたことを言わないで。隼人くんは隼人くんの夢を叶えなきゃダメ。私は一人孤独に戻るの」

「僕の未来は、僕のものだ!…だから今はサンドラちゃんの言うことにしたがわないよ」


彼女は視線を落として苦笑いを浮かべる。しかし僕は真剣な瞳で彼女を睨んだ。


「サンドラちゃん、僕はこの世界は間違ってると思うんだ。僕のような悪人は罰せられて当然だと思うけれど、サンドラちゃんが罰せられる必要はなにもない」

「違う、違うの」


彼女は顔を上げて微笑した。

その微笑に、なぜか僕は酷い寒気を感じた。

彼女はそのまま続ける。


「私、知ってたの」


ドクンドクンと僕の鼓動が跳ねる。


それでも彼女は平然と続けた。


「どうして、貴方がここに来て命を失いかけたのか」


聞きたくない。

聞きたくなかった。

サンドラちゃんの口から。

だから僕は耳を塞ぐ。

それでも、彼女の声は僕の拒絶に反抗した。


「だって…」


風鈴が激しく音を鳴らした。

温い風が僕の汗を吹き飛ばすような勢いで病室に入ってくる。

彼女の短い髪が揺れる。

彼女は落ち着いて目をつぶり、しばらくして僕を見つめて微笑んだ。

彼女の表情は、不思議な程淋しそうで、不思議な程嬉しそうだった。


「だって隼人くんは、私が***したから瀕死の状態でここに運ばれて来たんだよ?」


息が止まるような錯覚。

幻で喉が詰まったような、息苦しさに襲われる。

違うと信じていた。

サンドラちゃんじゃないと願っていた。

彼女の笑顔には、一度見たことがあると思いたくはなかった。

デジャヴを信じ、デジャヴを呪っていた。

そこで彼女は力無く喉から声を搾り出した。


「だから、私を忘れてよ…。私の事を忘れて、静かに幸せになって。私は孤独の象徴なんだから、心配しなくてもいいから。じゃあ、もう出てって貰っていいかな」


僕の前で揺れる視界だけが、僕の存在を象徴しているようで、僕はただその現実から必死に目を逸らすことしか出来なかった。


これは暑い暑い夏の日の出来事であった。


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