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白きドレスに淡き永遠の孤独  作者: うみゆき
淡い花火は儚く散って。
5/12

つながりを解くだけ

今日は一ヶ月に一回の定期検診の日だった。

勘のよい人なら気付いたかもしれないが、僕はつまり先月の定期検診の後にサンドラちゃんと会ったため、もう気づけばサンドラちゃんと会ってから一ヶ月が経ったのだ。

僕らは挨拶は勿論、一緒にお出かけをしたり所謂デートと言われるような事もまあした。

だけどどれだけ彼女が饒舌になったりしても、彼女はあの日の事には触れなかった。ずっと、僕らはただの友人であるかのように振る舞う。

だからこそ僕も彼女を尊重して彼女の中に触れることはなかった。

そして今僕らは定期検診に呼ばれるまで病服を着て病院の待合室で待っていた。


「でも何年経ってもこの定期検診は怖いよ」


彼女はそう言って微笑んだ。

僕も首肯して笑った。


「いきなり近いうちに死ぬって言われそうで僕は怖いですよ」


実際言われた訳だから笑えないのだが、そういう嘘を着くのはどうやら僕は得意らしい。彼女も僕の冗談に口元に手を当てて笑ってくれた。


「まあ、でもそれは私たちにとったら十分にありえるから怖いよね」

「サンドラちゃんは最近はずっと平常って定期診断では異常なしで出てるんだよね。羨ましいよ」

「隼人くんは違うの?」

「まあサンドラちゃんが言うようにすぐ死ぬとは言われたことはないけど腎臓が悪くなってるとかすい臓がそろそろ使えなくなるとか脅されたことは数え切れないほどあるよ。実際僕の腎臓はダミーだからね」

「…本当に?」


僕は頷いていきさつを説明した。


「僕の親父が生きてた頃に、僕の腎臓が壊れて使えなくなって、ダミーを付けないと死が確定する頃に買ってもらったんだ。僕の身体は弱い訳ではなかったんだけれど、妹を交通事故から庇った時に腎臓付近をやられてしまってね。まず腎臓が潰れたんだよ」

「腎臓のダミーってなんだか凄いわね」

「でも正直言うなら値段はそんなに安易に手が出せるものではなかったよ。だから僕の妹を溺愛していた母さんは、僕を手放すことに決めたんだ」


彼女は驚いているようだった。

まあ、実際驚いていても無理はない。


「僕を手術しないまま放置すると母さんは言ったけれど、親父は僕に手術はしてくれた。だけど、その後母さんはお金の都合で家を出て行って、親父は自殺したよ」

「…」

「親父が死んだことで奨学金が出て、僕はこうしてここで時折手術を受けれてるんだよ」

「お母さんは悪い人なのね」

「僕は母さんを責めないよ。母さんは僕の妹に溺れていたんだからね。誰だって、愛に溺れることはあるんだ。今になっては、母さんが自然のように感じてくる」


僕の話を聞いて、彼女は頭を僕の肩に預けた。

女の子特有の甘い香りがする。

一瞬眩暈がしたが、平常を保とうとすると案外容易に視界が元に戻った。


「お母さんと妹さんは今どこにいるの?」

「僕は母さん達を憎んだことはないけど、もう家族とは思っていないんだ。妹は毎月来るけれど、僕は話した覚えが無い」

「どういうこと?」


彼女が首を傾げるのを見て、僕は微笑んで続けた。


「僕の妹は、僕がこのように入院して生死をさ迷うような人生を送っている事を自分自身のせいだと誤認しているみたいなんだよ。だから、毎月来るんだ。サンドラちゃんと出会ってからも一度来ていたんだけど、その時はサンドラちゃんは留守っぽかったね」

「誤認、というか自覚しているだけじゃないの?」

「確かに正しく言えば自覚だね。でも、僕は僕の妹が悪かったなんて思いたくないんだよ。ただ勝手に僕が道路に飛び出して轢かれた。僕はいつまでも無能な僕がいたという記憶を残していたいんだよ」


少し哲学じみたお話になってしまったのだろうか。

彼女は僕の話を初めは真剣に聞いてくれていたみたいだけれど最後は飽きたのか分からなくなったのか前髪をいじくっていた。

なんだか彼女はいつでも彼女なんだなと確信してほっとした。


「まあまとめると、僕は妹の事なんて忘れていたいんだ。だから、家族については記憶喪失のフリをするのさ」

「…でもそれなのに毎月妹さんは来るなんてどういう事かしら」

「毎月去っていく際に『一ヶ月後に』と言ってから部屋を出て行くんだよ。自然とこの時期になれば、定期検診と妹の訪問が脳裏に浮かぶよ」

「家族との繋がりは、そんなにも大切じゃないの?」

「家族との繋がりは、切っても切りキレないと聞いたことがあるよ。だから僕は切ろうとしないんだ」


ちょうど彼女が着ている病服の襟元についてある紐を僕は手にとって続けた。


「解くんだよ。相手から繋がりは解かれた。僕だって繋がりを解いた。その関係に何の意味がある?僕はもし繋がりを捨てたことによってこの今があると言えるのならば、なにも後悔はないよ。僕はこの幸せの今が続くなら十分だ」

「私にはずっと前から解けるだけの繋がりがないから。小さな頃から誰かと繋がりを持つことをどこかで恐れていたの。だから誰かと繋がりを持っている貴方を羨ましく思うわ」


僕は彼女の襟首についていた紐を解くと、彼女は擽ったそうにはにかんだ。

孤独なサンドラは、もう一人ではないのだろうか。

僕が彼女の孤独を埋めれているのだろうか。

いつもこうした疑問は浮かんでくるのだが、今日はいつもより濃い心配事となって僕にのしかかってきた。


「だから、私は貴方との繋がりを永遠に繋いでいたいの」


第三者が聞けばプロポーズとも聞こえる彼女の発言。

だけどそれは彼女の孤独を絵に描いたように具体的でかつ抽象的な彼女の渇望をあわらす物と僕は知っていた。

だから僕は微笑む。

彼女の期待を裏切らぬよう。彼女を信じようと。

そう決めた僕は仮面を外さなかった。

彼女にさえも、僕は外すことは出来なかった。


「そうだね、僕だってずっとサンドラちゃんといれたらいいなって思うよ。片方の花が散るまでね」

「それはいつなんだろうね。私はまだ遠いと思うけれど、貴方が分からないわ」

「僕もそれほど命が短い訳じゃないよ。それに僕は死にたくない欲求が強いからね」

「私も、その欲求なら負ける気がしないわ」


彼女がそう言い微笑むと、看護婦が来て彼女を呼んだ。彼女は笑顔で応対して僕を向いた。


「じゅあ私は呼ばれたから行ってくるわね。確か隼人くんはその次だったから用意していたほうがいいと思うわよ」

「了解」

「じゃあまた後で部屋でね」


そう言って去って行く彼女の足取りは軽かった。

なにも定期検診が怖くないのだろう。

恐れ震える僕とは正反対だった。

僕など明日死ぬと言われてもおかしくない。

今日死ぬと言われても何もおかしくはない。

そんな死と生の狭間のような場所に、僕はいた。

僕は常に死と対峙していた。


「サヨナラ、サンドラちゃん」


僕の声は誰にも届く事なく、暗い闇の中に消失した。

そしてその声を聞いた彼女は僕に語りかけてきた。


『隼人くん、隼人くん?』


また彼女だ。

僕の中に巣くい、僕を中から喰らう怪物。

だけど僕が彼女に抑制されている半面、彼女も僕に抑制されていた


『早くこっちの世界にきてよ』


肩に人にのしかかられるような重みを感じて反射的に後ろを向くが、そこには誰もいなかった。

視覚的な感覚では誰もいないように見えるけれど、肌にそこに誰かがいるということはひしひしと感じられた。そう、彼女がいるのだ。

クスリと彼女が笑う声がなんとなくだが分かった。


「僕はまだ行かないよ」


沈黙が訪れる。

僕の発言に彼女は時を止めたように黙り込んでしまったのだ。

そんな実体のない彼女に、僕は微笑んで告げた。


「僕は君の元には行けないんだ。サンドラちゃんに、別れを告げるまでは必ずね」


『…サンドラ?』


一瞬戸惑ったように彼女は震え、尚冷静に彼女は僕に聞き返してきた。

僕は頷いて笑う。


「僕の、大切な人だよ」


『隼人くんの?』


明らかに僕の前にいる架空の少女が狼狽えているのが分かった。

空気の歪みが、彼女の実感へ。彼女の実感が、僕の自覚へ。


『…はっは』


「…」


『違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね違うよね…?』


耳を塞ぐ。少女のトーンの変わらない声が僕を貫いた。

彼女は叫んだ。

まるで何かを僕に訴えかけるように。

だけど僕は彼女を拒絶した。

彼女は僕の敵だと認識して。


「もう、僕の元から消えてくれないか」


『…え?』


「君にそんな事が出来るかは知らない。君は僕の元にしか生息できないのかもしれない。だけど、僕は君が嫌いなんだよ」


『…』


「僕に、生きる権利をくれよ」


少女の気配は消えた。

淋しそうな少女が遠くへ去って行った気がした。

僕に一気に安堵と疲れが押し寄せて来て、僕は腰を下ろす。

僕の中に眠る正体不明の彼女はサンドラちゃんの事を知っている風ではあった。

そして、彼女自身なんだかサンドラちゃんに深い思い入れがあるようにも思えた。


「僕は、前みたいに死を望んだりしないからさ」


独り言を続ける。僕の中の彼女に向けて。

僕の、正直な気持ちを。


「僕が愛する彼女のためなら僕は命だって信じて残せるよ。何度も放棄しようとした命にかわりは無いんだけどね」


彼女からの返事は、なかった。

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