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白きドレスに淡き永遠の孤独  作者: うみゆき
淡い花火は儚く散って。
2/12

余命

「もう、治る術はありません」


医者は深刻そうに僕にいった。看護婦達も深刻そうな表情である。それは一体本心でそう思っているのだろうか。それとも仕事なりの表情だろうか。


「そうですか」


僕はそう言うことしか出来なかった。

何も、死を恐れていた訳じゃない。

ただ、僕はもう少しで死ぬんだなと冷静に思った。


「これから、どうしますか。病院に残りますか。大切な人の元に戻りますか」


僕が返事を渋っていると、看護婦の独りが怪訝そうに医者に声をかけた。医者は急に不快そうな表情をして話を聞いていたが、すぐに表情を変えて僕に頭を下げる。


「申し訳ありません。病院の特別部屋をお取りします。そこでお過ごしくださいませ。外出は今日から自由にします」


駄目な人間だ。この医者は。まだ勤務中に内緒話をしている看護婦の方がマシだった。

僕は部屋を出て、荷物を新たな部屋に移動させた。今日から、死ぬまでの住家となる部屋へ。

そこは、どの病室よりも大きな部屋だった。


「ここが、僕の最期の部屋なんだな」


そう思っても淋しくはない。

悔いだって存在しない。

僕はベットに寝転ぶ。そして大きな欠伸をした。

そんな時、ふと思った。


《今、死のうか》


外出自由だ。だから今日からはいつだって死ねる。

だけど、本当に今死んでいいものだろうか。

きっと残りの人生、何もなく終わるのだろう。

死ね、死ねと僕の中の僕が笑っていた。


「ごめん」


僕は口に出してそう言う。


「僕は、まだ死ねないよ。やっぱり、死が怖いんだ」


ベッドに腰を下ろし雑誌を読み始める。すると不意に扉が開いた。

僕を見舞に来る人など一人もいない。

だったら、よその誰かだろうか。

目を向けると、そこには小柄な少女が立っていた。

失礼だけど、彼女を見て僕は枯れた椿を想像した。


「こんにちは、どうかしたの?」


彼女は病服であった。僕の呼び掛けを冷酷な瞳で払い、小さな声で呟いた。

やっぱり彼女の瞳は死んでいた。


「…こんにちは、お兄さん」


それが僕と彼女の出会いだった。


『孤独なサンドラ』


「ねえ、紅茶でも飲む?」

「…」

「テレビでも付けようか?君の好きそうな番組を付けてあげようか」

「…」

「それとも、本でも読む?僕は結構本を持ってるんだ」

「…拝借するわ」


彼女は自分のベッドから移動して僕の本棚を見渡す。

そんな彼女を見ながら僕は小さくため息を吐いた。

どうやら、少女は今日から僕と相部屋になるらしい。

部屋割を言うなら、正方形の部屋の半分はリビングスペースとなっており、残り半分をまた半分に分けてお互いの寝室となっていた。それらの部屋はカーテンにて句切を付けることは出来るのだが、彼女が何も言わない中、「ちょっとごめんね」などと言って間にカーテンを挟む勇気は僕にはなく、彼女のおっしゃるままになっていた。実質、彼女は何も言わないので何もしてないのだが。

彼女は何もしゃべらないのでそれならこちらも何も話さなければ良いだけなのだが、僕が先ほどから本を読んでいるのをちらちらと覗いてくるので、僕は話しかけるしか選択権がなかったのだ。


彼女が一作取り出し、ぺらぺらとめくる。どうやらそれを気に入ったのか、自分の胸に抱きしめて僕を上目使いで見てきた。


「気に入った本はあった?」


彼女は首を縦に振る。僕がその本の題名を覗き込もうとすると、まるで見せないとでも言うように強く抱きしめた。

そうされたら無理に見るつもりはない。僕は微笑みすぐに自分の読書に移った。読書といっても集中は出来ないので彼女の観察なのだが。

すると彼女は小さな声で僕に聞いてきた。


「…『忘却の魔法使い』というお話は面白いかしら」


僕は本から目を離して彼女に微笑んだ。


「数ある小説の中から月見先生の小説を選んだんだね。これは主観的な意見だけど、僕は月見先生の作品は好きだよ」

「…なんだか、一つだけ長編みたいだったから」

「全十五巻、なかなか長いよ。でもその分読みごたえはある。もし僕がここからいなくなったら、その本を全部あげるよ」

「…え?」


僕はまた視線を戻して自分の本を見て小さく笑った。


「なんでもないよ、忘れてくれたらいい」

「…」

「また読んだら感想を聞かせてくれないかな。月見先生の作品は僕の友達では読んでる人はいないからね」


友達。僕にそんな存在はいない。

僕は永遠に孤独だ。

僕こそが、月見先生の作品に出てくる『我が世界に我は独り』という名言の象徴なのだろうか。

僕は平気で嘘をつく。

嘘とは、残酷なものだ。

後に僕を傷つける。

だけど僕にそんな未来は存在しない。

だから、犯罪も罪も嘘も、僕であって僕の存在を象徴していた。


「…読む」


そう言って彼女は僕を見た。表情は無表情のままだ。だけど、目元が笑っているようにも見えた。

僕は少し嬉しくなって微笑んだ。

こんな少女に、幸せを貰うなんて僕も罪な人間なのだろうか。


「喜んで」


僕は嘘で出来ている。

そしてその周りに嘘の仮面を貼る。

いつも、仮面を、微笑みの仮面を付けて、僕は人を見る。

相手が僕のその奥の瞳を知る術もなく。

一度騙されたら、僕はもう間違わない。

僕は、母のように醜い最期を遂げ、他人を悲しませたりしないし、父のように見苦しい行為で他人を絶望に陥れる事はしない。

僕は、一人醜い最期を遂げる。そして、一人で見苦しい世界に手を伸ばす。

それが馬鹿だとわかっていても。

僕は、まだ死ぬ訳には行かなかった。


「ねえ、君」


彼女は本から目を離して僕を見つめる。


「何でしょう?」

「君は、何て言う名前なんだい?」

「私の名前?」


まるで名前たるものが何なのかを分かっていないように首を傾げる彼女。まさか名前がないかと思ったが、そんな訳があるまい。


「サンドラと覚えていただいたらいいわ」

「…はへ?」

「…サンドラ」

「い、いや。僕が聞いたのは愛称とかじゃなくて君の本名なんだけれど…」

「私は私の名前が嫌いなの」


サンドラ。

彼女が作った偽名だろうか。それとも他の誰かが彼女をそう呼んだのだろうか。

どうして、彼女が自分の本名を嫌っているかなんて分からない。知りたいとも思わない。知ってしまえば、彼女に気をつけることが多くなるかもしれない。そうなれば、面倒だ。

だから、僕は微笑んだ。

微笑みの、仮面を。


「サンドラ、素敵な名前だね。これからそう呼ぶよ」


彼女は返事をしない。頷きもしない。

彼女は本から目を離さなかった。


「…サンドラちゃんは、素敵よ。私は、サンドラちゃんの闇なのだけれど」


サンドラとは何かのお伽話の登場人物なのだろうか。彼女がそう呼んでほしい、彼女のようになりたい、と思うくらい偉大な。

その割には数々の本を呼んできた僕も聞いたことはなかった。


「ところでサンドラちゃん」

「…?」

「本を読むのは構わないんだけれど自分のベッドにしてくれないかな。僕は夜まで起きておくのが好きじゃないんだ。十一時になったら酔ったように目が回るんだよね」

「…分かった」


彼女は本を持ってベッドに戻った。僕は無言でカーテンを閉める。

このまま、僕は一人になれないだろうか。

僕が触れ合った相手はたいてい傷ついてしまう。それなら、僕は誰にも関わりたくなかった。


「サンドラちゃん」

「…?」


でも僕はそんな事は言わない。

仮面の裏の僕はもう死んだ。

後に残るのは二度と開くことのない扉の奥で無性に笑い散らす僕だけだった。


「おやすみ」


そう言って、勝手にカーテンを閉める。

彼女は返事をしたのだろうか。

そんな事、どうでもいいのだが。

僕はそのまま電気を消してベッドに横たわった。

今日は凄く寒い気がしたのは、気のせいだろうか。

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