打ち合わせにいこう!
打ち合わせ当日。
紬は大人し目な水色のカットソーに白いチュールスカートを穿き、持ち物もそろえて準備万端だったが、出掛ける直前になって発生した問題に頭を抱えていた。
「……それじゃあ、ジンさん。次はこのダンガリーシャツをそのデニムと合わせてみてください」
「む。また着替えるのか? もうこの格好で良いのでは」
「ダメです。まだなんかキラキラしたオーラが出てます。そのハリウッドスターのお忍び来日感が消えるまで、何度でも着せ替え続けますから……!」
部屋には紬が兄から譲り受けた、男物の服が至るところに散らばっている。
シャツを受け取ったジンは浴室の方へと着替えに行った。しかし戻ってきたジンの全身図を見て、紬はこれもダメかと額を押さえる。
問題とはずばり、ジンの余所行きの服装についてである。
現在、角と尻尾を消したジンは、アイビーのダンガリーシャツに細身のデニムを合わせた、シンプルなカジュアルファッションに身を包んでいる。服装自体は極々普通だ。
しかし輝くプラチナブロンドに紫水晶の瞳、整いまくったお顔と恵まれた体型は健在なので、ただの異国のイケメンモデルと化していた。
ジンは普段、家では魔界から着てきたアラビアン風な服、もしくは紬の兄のお下がりのジャージを着ている。ご近所にちょっと出歩くときも、基本はジャージに適当なジャケットを羽織るだけだ。
だけど今回は初の遠出……といっても街中に行くだけだが、ジンには新鮮だろうし、おめかしということでまともな服に着替えさせてみたらこの有様だ。
これではイケメン過ぎて目立ちまくる。
「サングラスで顔を隠す……ダメだ、よりハリウッド感が増す。こうなったらオタクルック……でも失われない高輝度。もういっそこれ着ます? 雑誌の懸賞用に作ってもらった、うちのヒロインの顔ドアップTシャツ。フリーサイズですよ。おまけに非売品。なーんて、こんなの着て行けるわけ……」
「着ます」
「即答!?」
本当にTシャツを着ようとするジンを、紬は慌てて止める。
ちなみに一緒に作ってもらった作中のマスコットキャラ・タスマニアデビルの『タアくん』のアクリルキーホルダーは、紬は自作キャラが形になったのが嬉しくて、こっそりスクールバッグにつけている。
悠由たちに見られても、紬の漫画の存在を知らなければ、見た目はただのアニマルキーホルダーだ。オタク疑惑などは湧かないだろう。
「あー! そうこうしているうちに、もう出ないと電車の時間が……! も、もういいです、ジンさん! 下はそれでいいですから、上はえーと、そう、これ! これでいきましょ!」
「……これでよいのか? いや、我はまったく構わんが」
「一周してこれが一番いいと思います!」
なんとかジンの恰好を仕上げて、紬たちはバタバタと慌ただしくアパートを後にし、ようやく目的地に向かったのだった。
●●●
休日のお昼時、という本来なら混み合う時間帯だが、紬たちが打ち合わせによく使うこのファミレスは、道が入り組んだ少々立地的に不利な場所にあり、いつ来ても人が疎らである。
だがこの空き具合が、紬にしてみればちょうどいい。
入ってすぐの窓際のソファー席に座り、紬は担当さんに『先に店内に入って待っています』とメールを送った。
耳には蝉の大合唱が響いている。暇そうなウェイトレスさんが運んできた冷たい水を飲めば、乾いた喉が潤った。
照りつける日差しの中を歩いてきたせいで汗ばむ肌を、エアコンの涼風に当てながら、紬は『送信完了』の文字を見てやっと一息ついた。
そんな彼女の後ろの席から、艶のある美声で、ジンがひそひそと話しかけてくる。
「ツムギよ。なんでもこの『でらっくすまんごーぱふぇ』は夏季限定らしい。この季節にしか食せぬ、ということに果てしなき魅力を感じるぞ。しかも今ならクリーム増量中だ。なんというお得感。……た、頼んでも良いか?」
「どうぞどうぞ。アシスタント代だと思って奢りますので、好きなものを好きなだけ頼んでください」
「で、では、こちらの『ふわふわきゃらめるぱんけーき』も……!」
女子か。
そう思ったが紬は何も言わず、テンションマックスなジンを背中で生暖かく見守る。
思えば電車に乗る段階から、ジンは興奮しっぱなしだった。
やれ駅では「ツムギ! 『電車ではご年配の方に席を譲る』、だったな! ……む、しかし、我は人間換算すればおそらく1000年は生きておるぞ。我が一番ご年配の場合はどうすればよいのだ?」とか。
やれ街に着けば「ツムギ !あの看板はなんだ? 『冷やし中華はじめました』とわざわざ告知するとは親切だな! あちらの建物は? あの店は? こ、今度、ともに行こうぞ!」とか。
それに紬はひとつずつ答えては時にツッコミを入れつつ、寄り道しそうなジンを引っ張っていくのが大変だった。
そんなジンを道行く人は、「きゃー! イケメンよー!」と騒ぐよりは、「おやおや、あんなにはしゃいで……」と初孫を見るおじいさんのような優しい目で見ている者が大半だ。
それはひとえに、ジンが日本大好きな浮かれた外国人観光客に見えているからだろう。
紬の選んだ、今ジンが着ている『Iラブにっぽん』とでかでか赤字で書かれた、文字入りTシャツの効果である。
兄から押し付けられた修学旅行のいらない土産だったが、役に立ってよかったと紬は思う。『文明開化』と明朝体で書かれたTシャツと迷ったが、分かりやすい方にして正解だった。
「ん、担当さんからかな?」
そこで紬のスマホが通知を告げて振動する。開いてみたらメッセージは2件。
ひとつは予想通り、担当さんからのもうすぐ着きますといった内容。そしてもうひとつは悠由からだった。
『今日お暇? 街の服屋がセールなんだって! 午後から時間あるなら買い物付き合って~』
……行きたいのは山々だが、今から打ち合わせだ。
メッセージアプリの、仲良し三人組のグループトークに来ていたそれに、紬は申し訳なさそうな顔文字つきで行けない旨を返信する。
すると凛子からも『部活だから無理』とあっさりしたメッセージが来ていて、悠由がむくれた顔文字を返してくる。
そんなやりとりに小さく笑っていると、靴音と共に、「お待たせしてすみません」と、落ち着いた大人の男性の声が紬の頭上から降ってきた。
いつもお読み頂けありがとうございます!
次回、担当さん登場……の前に、ちょっと本編横の、別キャラ視点によるサイドストーリーをお送りします。
またよろしくお願いします!