ジンさんは打ち合わせについて行きたい
「え、なんすか。なんで打ち合わせくらいでそんな反応……」
「打ち合わせくらいだと!? 貴様はなにもわかっていないな、ツムギよ!」
「はい?」
そこに正座しなさい、痛くなったら足は緩めて良いからしなさいと言われ、ジンの気遣いを忘れない剣幕に押され、紬は大人しくクッションを退かして床に正座する。
ご丁寧にアニメの一時停止ボタンを押して、ジンは大仰に腕を組んだ。
「よいか? 我のようなちょっと行き過ぎたファンにとって、おもしろい漫画を産み出してくださる先生は神に同じ。偉大なる創造神。ゴッドだ」
「魔人って神教なんですか……あと当のそのゴッド、正座させられているんですけど」
「ゴッドを支え導き、共に作品を産み出す編集の担当さんもまた、我にとってはゴッドだ。打ち合わせとは二大神たちが集い、聖なる会談をなされる場……謂わば神々の創造の箱庭だ」
「ただのファミレスでドリンクバー頼んで、漫画の話するだけですが!?」
紬にとってはもう慣れた担当さんとの打ち合わせも、ジンにとってはテンションかち上げ案件らしい。ぶんぶんと尻尾の振り幅がすごい。風圧が生まれ、クーラー代わりの扇風機に出来そうだ。
ジンは打ち合わせの魅力について延々と語っている。
ついには「我もついて行きたいです」とか言い出した。
「なに、恐れ多くも神々の会合に混ぜろなどと、不躾なことを言うつもりはないぞ。ただ、そう……ツムギたちの打ち合わせの様子を、ふぁみれすの後ろの席で、期間限定すいーつとかを食べながらこっそり見守りたいのだ」
「それやってみたい気持ちもすごいわかるけどさ」
紬もデビュー前、もとい、漫画家になるなど夢にも思わなかった引きこもり時代より前、それっぽい人たちをカフェなどで見かけたときは、ついつい長居して聞き耳を立ててしまったものだ。
覗いてみたい気持ちもわかる。
ジンは今度は自分が正座して、ついて行きたいなあと真っ直ぐに紬を見つめながら訴える。
すっかり彼との色気のない同棲生活に慣れてきたツムギだが、この攻撃はズルい。蠱惑的な紫の瞳から熱視線を注がれると、自然と顔が火照る。
「くそ人外イケメンめ」と悪態をつきつつ、ツムギは足を崩して思案してみる。
大半をこの部屋の中で過ごしているジンだが、実はまったく外に出たことがないわけではない。
尻尾と角を魔力で消して、紬の兄から譲り受けたジャージを着て、ゴミ捨てや町内清掃(ジンは魔人の癖にやけに公共ルールにうるさい)、紬がどうしても行けないときには、スーパーの買い出しだってすでに経験済みである。
アパートの住人ともジンは知らぬ間に仲良くなっており、『壬生さん家にホームステイ中の外国人』という設定で通っている。
50代独り身女性の大家さんなんか、イケメンで礼儀正しいジンが大のお気に入りで、やたら紬の部屋にお裾分けをするようになったくらいだ。
箱入りの桃なんて、紬が一人で住んでいたときはもらったことがない。
近所の奥様方には「ジンちゃん」と呼ばれて可愛がられているし、近所の不良少年たちにも「ジンの兄貴」となつかれている。
――――下手したら人間である紬より、よほど上手く人間界に馴染み済みなのだ。
おそらく、ジンが打ち合わせにこっそり同行すること自体には、問題などそうそう起きないだろう。イケメンすぎて周りに騒がれる可能性はあるが、たぶん対処も心得ている。
ならいいかな……と紬は許可を出しかけるが。
「待った……確か角と尻尾を消すのって、課金制でしたよね? 30分ごとにMP払わないとダメな、駐車場代金みたいなシステムだったでしょ。近場のゴミ捨て場やスーパー行くくらいならいいですけど、打ち合わせについてくるなら、けっこうまたMP使うんじゃないんですか」
「む。だ、大丈夫だぞ。使ってもご……いや2だ! 2MPずつくらいだ!」
「嘘つくな! 5って言いかけましたよね!?」
なんだその必死さ。
ジンはどうしても打ち合わせについていきたいらしく、珍しく駄々をこねている。
「ツムギよ、頼む! 一生のお願いだ!」
「出た、一回使う奴は一生に確実に三回は使うその願い……」
「それになにも、我は『打ち合わせ』、という言葉だけに惹かれたわけではないぞ。……我はもっと、紬と二人でいろんなところにお出掛けしたいのだ」
「へっ?」
ジンは長い睫毛を伏せ、憂いを帯びた表情を浮かべる。鼻筋の通った美貌に影が宿ると、その美しさに拍車がかかる。
「貴様はなにかと多忙な身。我と外に赴く時間など、なかなか取れぬことは理解している。だが可能なら我も、貴様と人間の世界をもっと歩いてみたいのだ。これを機に、我はツムギと共に過ごす時間を、様々な場で増やしていきたい」
「ジンさん……」
「ここにある書物は、今のところ漫画もラノベも読み干した。ゲームの類いもすべてやり込み、乙女ゲームの隠しルートまで攻略済みだ。最近はネットの動画サイトで、ハムスターが滑車を回す様子を何時間見続けられるか、耐久テストをしている……だがそろそろ、それにも飽いてきた」
「それただ暇なだけじゃね!?」
一瞬でもドキリとしてトキメいた自分がアホのようだと、紬は顔を片手で覆った。
万能で仕事の早いジンは、アシスタント業務に家事まで完璧にこなしても、まだまだ余裕が有り余っているらしい。
「ツムギと出掛けたいのは本心だぞ。具体的には共に、アキハバラやオトメロード、セイチジュンレイなどに行ってみたい」
「……わかった、わかりましたから」
紬はついに折れた。普段から日常生活では世話になっているし、アシスタントをしてもらっているのだから、ジンが紬の漫画に無関係ともあながち言えない。
打ち合わせくらい、こっそり見させてやろうじゃないか。
「場所は街中のファミレスです。電車に乗って明日、一緒に行きましょう。……くれぐれも、外で魔人的なことはしないでくださいね」
「! う、うむ! もちろんだ! 感謝するぞ、ツムギ!」
ジンは立ち上がってくるくると踊り出しそうなほど喜んでいる。実際に尻尾はちょっとリズムを刻んでいた。
紬はそれを眺めて苦笑しつつ、アニメ観賞を終えてから、明日持っていく短編用のネタの整理に勤しむのであった。





