アシスタントでメシスタント
「――――待たせたな」
程なくしてジンは台所から戻ってきた。
作業は一旦小休憩に入り、ミニテーブル前にクッションを置いて座って、『魔法使いのワープごはん』の3巻をパラ見していた紬は、顔をあげてびっくり。
ジンはいつの間にか、レトロ感漂う真っ白な割烹着を身に纏っていた。
「なぜ割烹着……」
「穴から魔界に辿り着いてきた、我のじゃぱんこれくしょんの一つだ。我はエプロンよりこちらが好みである」
「さいですか」
プラチナブロンドの髪が、白い割烹着にかかってサラリと靡く。どう考えてもミスマッチな取り合わせなのに、ジンの割烹着姿は妙に似合っていた。
「ほら、冷める前に食すがいい」
給食当番にも見えるな……と感想を抱く紬の前に、コトリと皿が置かれる。
出てきたのは、参考にした漫画が漫画のわりに、こんもり盛られた案外普通のチャーハンであった。
暖かな湯気が上がっていて、出来立ての香ばしい匂いが空腹を煽る。添えられた蓮華で掬えば、パラッと感が絶妙だ。卵が黄金色に光り、刻んだハムとネギだけの、簡単な具材で作られた魔人作のチャーハン。
「い、いただきます」
おそるおそる口に運び、紬は固まった。
「う、うまっ! え、旨いですよ、ジンさん! な、なんというかこう、プロっぽい味付けなのに、どこか実家のお母さんが作ってくれる、余り物チャーハンの親しみやすさもあって……卵ふわふわのご飯パラパラのネギがネギネギ……くそ語彙力! とにかくめっちゃ美味しいです!」
「それは重畳だ」
おかわりもあるぞ、と割烹着姿で微笑むジンに、気づけば食べ干していた紬は勢いよく皿を差し出した。おかわり三杯。このあとめちゃめちゃ漫画描いた。
「ああ、言い忘れていたが、片手間にプチデザートも作っておいたぞ。貴様の非常食用のチョコを少々拝借し、卵だけで作ったチョコレートケーキだ。一仕事終えたらまた食せ」
「嘘でしょ!? 救難信号出てるうちの食糧庫からデザートまで錬成したんですか!?」
「ツムギ……卵は万能だ。ちーと食料だ。そして料理とは宇宙だと、道影先生も作中でおっしゃっていただろう」
「いやだからなに?」
頻繁に出てきて決め台詞と化していても、よく考えると意味のわからない言葉で誤魔化されたが、デザートのチョコケーキも美味しかった。
――――こうして晴れて、ジンはただの押し掛けファンな居候から、ツムギのアシスタントでメシスタントになったのだった。
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「はあ……クラムチャウダーが濃厚でクリーミー……野菜いっぱいで食ってるだけで健康になる気がする。オムライスも半熟加減が神ってる……マジふわとろ。チキンライスも庶民派な落ち着く味……。ただひとつ難点を挙げるならば、ケチャップアートのクオリティが高過ぎて、メインヒロインの笑顔にスプーン刺すのに覚悟がいること……」
「ふむ。つまり一言でまとめると?」
「本日も美味しゅうございました!」
お風呂から上がって(いい湯加減だった)、ジンがベタ塗りをしてくれた原稿をチェックして(最近の彼はベタフラを極めつつある)、魔人作の夕飯を食べ終わった紬はご満悦だった。
写メってブログ並びSNSにアップした、ジン作のケチャップアートも好感触。普段よりブログの閲覧数や、SNSの拡散数が段違いに伸びている。いつもブログにコメントをしてくれる常連の『ホワイトシチュー侍さん』も大絶賛だ。
「『表情の再現率にマジ感動ッス!』か……相変わらずシチュー侍さんはマメにコメントしてくれるなあ」
デザートの自家製プリンを食べながら、スマホを片手に紬はコメントに返信する。原稿もジンが手伝ってくれるようになってから、進行にだいぶ余裕が生まれた。
こんなに贅沢でいいのかなーと思うほど、現在の紬はまったりしている。
「あ、もう一件コメントついた……ってジンさんじゃん! 『通りすがりの魔人』って絶対ジンさんじゃん! なに人のパソコン使って、自分のケチャップアートに『とっても上手ですね』とか書き込みしてんの!?」
「む。カレー丸先生からの返信が我も欲しくて」
「ここで本人と喋ってんのに!?」
いつのまにか紬より使いこなすようになったパソコンの前で、ジンはしゅんと尻尾を萎れさせている。
仕方なく、『ですよね★ 同居人が描いてくれたケチャップアート完成度高しです~。コメントありがとうございます、魔人さん!』と紬が返信欄に打ち込めば、ジンの尻尾はたちまち元気を取り戻した。
その様子を眺めながら、紬は苦笑しつつ食器を持って立ち上がる。漫画の仕事が急ぎではないなら、さすがに皿洗いは自分でする。
簡単に洗い終わって戻ったあとは、ジンとお茶を飲みながらPCでアニメ観賞だ。深夜の魔法少女アニメは紬の漫画並みにマニアックだが、声優が地味に豪華で妙なところにこだわりが見え、なにより話が普通に面白いので、最近の二人の一押しである。
「そういえばジンさん、明日は土曜日ですけど、昼ごろにちょっと出かけてくるんで。お昼ご飯はいらないです……やっぱり変身シーンのBGMが至高。サントラ絶対買おう」
「なんだ。友人達と遊びにでも興じるのか? ……個人的には戦闘シーンの音楽も捨てがたいと思うが」
「いえ、明日はお仕事関係ですよ。帰りにスーパーに寄るんで、買ってきて欲しい食材があったらメモして渡してくださいね……あー確かに、音の入り方も毎回こだわりが光ってる。主人公の回想シーンに入る、微妙な歌だけは毎回どうしたって思うけど」
「あいわかった。して、仕事関係というと? ……あれは方々で感想を閲覧していても、どこでも不評だな。あれだけ何故声優の歌入りなのかも不明だ。我も公式ブログに『正直微妙です』とつい書き込んでしまった」
「あの炎上しかけてた書き込みの一人かお前!」
思わずアニメ感想の方に比重が傾いたので、コホンと咳払いし、紬は話を戻す。
「で、なんの話をしてましたっけ」
「貴様が明日、仕事で出かけるという内容だな」
「ああ、そうですそれです」
「仕事というと……?」
「そんな大袈裟なものじゃなく、今度別冊の方に短編描くことになったので、その話を担当さんと会ってするんです。ただの打ち合わせですよ」
「う……!?」
打ち合わせ……!? と、ジンは何故かものすごく大袈裟に戦いた。尻尾がピンと直立している。
それこそ漫画のように、背景に集中線が書き込まれていそうな魔人の反応に、紬は首を傾げた。