紬さんのお友達
紬の通う私立海潮高等学校、通称『ウシ高』は、偏差値はそこまで高くない県内の中堅高校だ。ただ卒業生の有名なデザイナーがデザインしたとかで、制服が非常に可愛いことで有名である。
男女とも、珍しいオレンジのビタミンカラーのネクタイが特徴的なブレザーで、巷の高校生の間では『ウシ高オレンジ』と言われている。ネクタイ以外にも凝った造りで、紬がこの高校を選んだ理由のひとつが、「スクールアニメの制服みたい……!」だからだけある。
そんなウシ高の、一年生のとある教室。
時間は昼休み。
紬とその友人達は、騒がしい声がそこかしこから飛び交うクラス内で、机を寄せ合いお昼ご飯を食べていた。
「ねえねえ、紬。ずばり聞いちゃうけど、最近あんた、男が出来たでしょ?」
「ごふっ!」
紬は飲んでいたコーヒー牛乳をふき出しかける。紬に不意打ちを喰らわせた間宮悠由は、コロッケパンを片手に瞳を光らせている。
珍しい響きの名前で人に覚えられやすく、明るく元気な悠由はクラスのムードメーカーだ。大きな目はパッチリしていて、常にお洒落でヘアアレンジが日ごとに変わる。本日は栗色の長い髪を、後ろでリボン型に結っている。
お洒落をしているフリをして、実はシュシュの柄を変えて(4種類くらいを使い回している)簡単にまとめているだけの紬とは大違いだ。
なお、紬が髪を伸ばしている理由は、ショートカットよりも実はロングの方が、『結べる』という利点において寝癖をなおす時間が短縮できるという、どこまでも効率重視な面からだ。しかしシャンプーは面倒なので難しいとこである。
そんな女子力など死滅している思考回路の紬に、彼氏などいるはずがない。
「で、出来ていないし、男なんて!」
「いや出来た。絶対に。だって最近の紬、なんか雰囲気変わったもん。二割増し元気になった気がする」
「まー確かに、この頃なんか血色いい? よね。前はバイト疲れとかで瀕死だったときも多かったのに、ここ最近はそれもないし。あと……太った?」
「うそ!?」
おりゃと横から二の腕の肉を摘ままれ、紬は悲鳴をあげた。「やっぱし太った。でもあんたはもとが細いからちょうどいいよ」と、女子なのに男子よりカッコよく歯を見せて笑うのは、佐賀凜子。校則の緩いこの学校でも、女バスの期待のルーキーである凜子は、一点の曇りもない黒髪のショートカットだ。
だが染めていまいち垢抜けない紬と違い、高身長のスラッとした体型で、人目を惹く美人さんである。姉御肌でイケメンな言動が多いので、同性から人気が高い。
可愛い系の悠由と、綺麗系の凜子。
この二人は、紬が高校デビューでゲットした大切な友人達である。
時折「周りから見たら自分はこの二人の背景なんだろうな」とは思うものの、入学時の席が近かったおかげで運よく仲良くなれ、今では三人でいることが当たり前となっている。
……そして当然のごとく、このそれぞれリア充代表みたいな二人に、オタク要素などは欠片も無い。
漫画は読んでも話題の俳優で実写化した少女漫画か、誰もが知っている有名な少年漫画などくらい。
アニメも同様だ。少なくとも紬のように「二話目の作画が神」「声優がイメージと違い過ぎてツライ」「OP映像だけ見てたら一日終わってた」なんて発言はしない。
むしろテレビはアニメよりバラエティや音楽番組が主流。紬も話を合わせるため、週にとり溜めて隙を見てチェックはしている。
悠由は男性アイドルグループの追っかけだが、もちろん三次元のだ。紬みたく二次元アイドルグループに貢いでいるわけでもない。
――――もちろん、紬が実は、マニアックな男性向けラブコメ漫画家をしているなどという情報も、この二人にはトップシークレットである。
せっかくオタク趣味を隠して仲良くなったのに、引かれたくなんてない。
……騙している感じがして、たまに心苦しいけど。
「総じて、どことなく健康的になったわよね、紬」
「彼氏が出来た影響じゃないのー?」
「だから違うって!」
じゃあ紬はどんな男がタイプなのかと聞かれ、学校一爽やかな伊藤くんや、隣のクラスのチャラ男の星野くんなどが候補で挙げられるが、紬の今のタイプは暗い過去を持つ魔剣士のアゲイルだ。
漫画のキャラである。
曖昧に笑って誤魔化したとこで、この話題は自然と流れ、駅前に出来たケーキ屋の新作スイーツの話になったので紬はホッとする。
実は二人から探られたことに、心当たりがないわけではないからだ。
男などは出来ていない。
出来ていないが……前より健康になって、太った原因は明白であった。
●●●
「ただいまー」
「――――おお、帰ったか、ツムギ」
おかえりなさい、と、今までは無かった柔らかな返事が飛んでくる。
アパートの部屋の玄関で紬を出迎えてくれたのは、目が覚めるような美丈夫だ。
どことなく色香を感じる紫の瞳に、細い三つ編みが一房垂れた、襟足の長い輝くプラチナブロンドの髪。しっかりとした体躯に、人知を超えて整いまくった美貌。
そしてくるくるな巻き角と鱗つきの尻尾を生やした、居候中な魔人のジンである。
彼は真っ白な割烹着を身につけ、片手にお玉を持っていた。
「今は夕食の準備中だ。今日は『野菜たっぷりクラムチャウダー』と『ふわふわ半熟オムライス』だぞ。朝が和食だったので、夜は洋食にしてみた。ケチャップアートなるものにも挑戦してみるぞ!」
「本日も凝っていますね……」
楽しそうに報告してくるジンの背後から、ふんわりと食欲をそそる良い香りがする。
ケチャップでオムライスの上に、紬の漫画のツンデレヒロインを描いてくれるというのだから、あとで写メって、閲覧数は少ないが一応やっている『温玉カレー丸の徒然ブログ』にアップしようかと考える。
さりげなく「指定された箇所のベタ塗りも終えている」と付け加えるジン。さすがの仕事ぶりだ。
じゃあ私はゆっくり先にお風呂にでも入ろうかな……と思い、紬は手でパタパタと顔を扇いだ。
季節は夏の入り口。
夕時になっても、空では太陽が眩く照っていて、空気はじんわりと暑い。紬の制服のシャツはべったりと皮膚に張り付いている。
はやく汗とべたつきを洗い流して、さっぱりしたかった。風呂掃除をして湯を張っている間に、次回のネームの方にも取り掛かって……と予定を立てながら、紬は靴を脱ぐ。
「ああ、風呂も沸かしてあるぞ」
「完璧か」
いつの間にか完璧なアシスタント(メシスタントでもある)にジョブチェンジした魔人さんに抜かりはなかった。
甲斐甲斐しくバッグを受け取ってくれたジンに見送られ、紬はお風呂場に向かう。通りすぎた室内も心なしか綺麗になっていた。
そして脱衣場に着いて制服のオレンジネクタイをほどきつつ、紬はジンと押入れで出会ったあの日から、彼が半ばアシスタントな主夫と化した経緯をゆっくりと思い返してみた。