ジンさんは激オコ
長らく更新停止していてすみません!
完結まですでに書き終えているので、なるべく間を空けずに更新していきたいと思います。
「ジンさんは、紬が中学のとき一時的に不登校の引きこもりになっていたことは知ってる?」
「む。情報として押さえてはいるが……我はツムギの話したくないことは聞かぬぞ! ツムギを傷付けたくはないからな!」
ジンは両手で耳をふさいで「ただいま鼓膜は休憩中だ!」とのたまう。
そんなジンに、ははっと貴一は笑い声をもらした。
「面白いだけでなく、いいヤツなんだなあジンさん。オレ、ジンさんかなり好きだわ」
「そうか、我も好きだぞ。ツムギへの好感度が100%だとしたら、キイチへの好感度は53%くらいだな」
「微妙じゃねえ? なんなら低めじゃねえ?」
「我の好きな豆ご飯やツナマヨパンよりは上だからなかなかだと思うが……」
「それ基準わかんねえし」
ボケと見せかけてそれなりにツッコミもこなす貴一は、なんだかんだツッコミ体質な紬の兄である。
ひとしきり腹を抱えて笑ったあと、貴一は「だいじょうぶだいじょうぶ」と手をヒラヒラ振った。
「ツムギにはさっき、話してもいいよって許可取ったから」
「む? どの場面でだ。見逃したぞ、巻き戻しを頼む」
「日常生活は録画してないから無理だなあ。兄妹にしかわからないテレパシーだよ、テレパシー」
そんじゃ話すなと、貴一が足を組み換えて居住まいをただす。
紬は大人しく引っ込み思案なところがありながらも、少ないが仲のいい友達もいて成績もそこそこの、いたって普通の女子中学生だった。
部活にも入っており所属は美術部。もとより絵を描くのが好きで、特に人物を描かせると、表情が生き生き表現できていると高評価であった。
「そんな紬が引きこもっちまった原因は、言うなれば男……好きな人に裏切られたみたいな感じで」
「SUKINAHITO?」
「なんでアーティスト名みたく」
むむっと端正な眉を寄せるジンは、心なしか不服そうである。
どうやら自分の預かり知らぬところで、『紬に好きな人がいた』という事実がお気に召さなかったようだ。
ニヤニヤしながら、貴一はにじりよってそんなジンの頬をぷにぷにとつつく。
「どうしたどうしたジンさん。俺に負けず劣らずの男前が台無しだぜー? ヤキモチか? ん?」
「むう……個人情報保護の観点から黙秘するぞ。ノーコメントだ! それとキイチ、我の貴様の好感度はいま31%だ」
「わりと下がったな。まあ安心しなって。恋っていうほどのものでもなく、同じ美術部の一個上の先輩で、紬を部に勧誘した奴でさ。ちょっとした憧れみたいなもんだっただろうから。ソイツ、才能もあって優しくて、周りからの評判も上々で、紬はだいぶ信頼していたみたいなんだが……その信頼を裏切ることをしたわけよ」
信頼していた先輩は、卒業制作を前にしてナーバスになっており、いわゆるスランプに陥っていた。
紬は元気付けようといろいろと試行錯誤していたが、切羽詰まった彼は、紬のアイディアスケッチを無断で使用したのだ。
「アイディアの段階とはいえ、紬はそれを次のコンテストに出すつもりでいたのにダメになって。見せたのもソイツのみだし、問い詰めたけどはぐらかされて、顧問の先生にだけは打ち明けたのにスルーされて……なんかどんどん、人を信用できなくなったみたいでさ」
「ふむ……」
人間は難儀なものだな、とジンの眉間の皺は深まるばかりだ。
「で? その不届き者に制裁はちゃんと下ったのであろうか? 我の故郷であるならそんな罪を犯した者は、1000度の煮え湯で茹で上げて、四肢をビヨンビヨンになるまで引き伸ばし、しばらくは再生出来ぬように千切りにされるが……」
「いや怖ええよ。千切りにされたらまず人間は再生しねえよ。なに? ジンさんもしかして怒っている?」
「激オコだぞ」
――むしろ静かにマジ切れであった。
現在は人間のフリをしているため抑えられているが、これが魔界だったら竜のような尻尾は戦慄き、ジンの怒りのオーラにほとんどの魔物は軒並み地に伏しているところだ。
いまやただの世話焼きで漫画好きなお茶らけ魔人だが、魔界で全盛期のジンがこの状態になったら、渡り合えるのはそれこそ魔王くらいだった。平和になってからは、その魔王も一緒に鍋パするくらいのマブダチだが。
さしもの貴一も、ジンの滲み出る『激オコ状態』にビビりながら苦笑する。
「制裁ってほどのもんでもねえけど、通りすがりのイケメンヒーローが、ソイツのしたことをちゃんと公けにして後々に紬に謝罪文を送らせたぞ。あと一発殴っといた」
「ほう……そのヒーローというのは、本人であるツムギにはだいぶウザがられているようだが。それはよいのか?」
「言うなよ? 紬には内緒なんだから」
かわいい妹のためにひと肌脱いだだけだと、貴一は兄の顔でアッシュブラウンの髪を掻く。「いい兄だな」というジンのコメントに「だろう?」とドヤ顔で返しながらも、わりと照れていることはジンにはお見通しだった。
「キイチよ、我の貴様への好感度はいま70%まで上がったぞ。喜べ」
「あーあー聞こえない! それは裏の話だから置いといて! そんなことがあって、紬は徐々に学校にも行けなくなってすっかり塞ぎ込んでさ。大好きだった絵も描かなくなったんだ。うちの両親はおっとりした人らだから、しばらく様子見しましょう……ってなっていたけど、俺はなんか前向きになれるきっかけがいるなって思って。お気に入りの漫画を何冊か無理やり読ませたわけよ。マイコレクションのちょっとエッチな学園ハーレムラブコメ全巻」
「そこであえてえそういうチョイスをするところが、キイチがウザがられる要因のひとつだと思うが」
「紬は面白いくらいにハマってくれてなー。それまで非ヲタで漫画もあんまり読まなかったのに、どんどんヲタクの世界にも沈んでいって……そこで俺が、お前も漫画を描いてみたらどうだ? と勧めて、俺全面プロデュースで見事! 漫画家デビューを果たしたわけだな!」
なにを隠そう、これが一部ではコアな人気を誇る新人漫画家・『温玉カレー丸』先生の誕生秘話である。
それが後に紬とジンの押入れでの衝撃の出会いにも繋がるのだから、基本的に人間と比べて長生きな種族である魔人も、「人生はわからぬものだな」などと悟りをひらいてしまう。
「漫画を描くことは紬にとって、自信を取り戻すための大事な要素……なんだが、ただなあ」
そこで貴一は、カラーボックスから目についたポテチの袋を取り出して、勝手に開けてバリバリと食い始めた。
唇についた塩を舐めとりながら、「まだ問題があってな」とジンを見据える。





