これにて終了!
『あなたが世界で一番おもしろいと思う漫画』
そのお題に、紬は目を見開いた。次いで「ひえっ」と喉奥から鳥が絞められたような悲鳴を出した。
いや出る、これは悲鳴出る。
「このお題は、無類の漫画好きである私が、あえてラストのラストにとっておきました。漫画は人生。ノーライフノーコミック。さあ、男性陣のみなさんはお好きな漫画をお書きください! 女性陣は最後の推測をどうぞ!」
ノーライフノーコミックだけは全面的に賛同するが、紬は嫌な汗と動悸が止まらない。
他の参加者たちは気合いを入れてすでに書きはじめ、ジンも「ふんふーん」と鼻唄を歌いながらペンを動かしている。
紬はペンを持ったまま動きを止めた。
え、待って。
世界一面白い漫画って……ジンさんは、私が描いたのをあげてくれたりするの?
そりゃ魔界からわざわざ来るくらいのファンだし、あえて選ぶのなら私の?
だけど、だけどよ?
これで作者が私じゃない漫画があげられたら、とんだ赤っ恥もいいとこだよ? 私、すごく恥ずかしいやつじゃん。自分のが世界一とか……ツラ。
心折れる。
完全に折れる。
ヤバタニエンノムリチャヅケ。
それなら無難に有名な漫画をあげとく? 自分の心の防波堤を築いとく?
いやでも……。
ぐるぐるぐるぐると、紬の思考は堂々巡りを繰り返す。これは紬にとってはかなり判断にツラい質問とも言えた。
まさに己との葛藤である。
「はーい! あと三十秒ですよー!」
「うえっ!?」
いつのまにかもう書いていないのは紬だけになっており、無情なカウントダウンが始まってしまっている。ええいもう知らん!と、紬は思いきって『その漫画名』を書く。
もしこれが違っていたら、どこか遠くへ旅に出よう。
そう決意して答え合わせを待った。
「えーまずはこちらのペアから……あー、違いますね。どちらも名作ですが惜しくも間違っています。いや本当に、どちらも等しく名作ですけどね? 私は三巻が特に……ああ、こちらのペアは見事に正解です! いやあ、来年には実写が決まっていてまさに王道チョイス! ただ主人公にあの俳優は……」
順番に司会者が回答を見ていくが、ギャルペアは惜しくも外したようだ。青春ペアは見事に正解。ストーカーが本気を見せた。
そして自称漫画好きがいちいちコメントをしていくせいで、今回に限りやたらと進行が遅い。
紬はやきもきするばかりだ。
「さてそれでは最後は、いまのところぶっちぎり最下位のペアの答えですが……いかがでしょうか?」
「うむ、これには絶大な自信があるぞ!」
ジンは揚々と、答えの書かれた画用紙に手をかける。紬も束の間息を止めながら答えをバッとオープンにした。
「これしか我は思い付かぬ! 不動の名作、『恋はギガンティック!』」
「南無三……! こ、『恋はギガンティック!』」
――――そしてやっと、二人の声が重なった。
今まですれ違っていたジンと紬のハモりに、観客席が「わ!」と湧く。さながら授業参観で我が子がようやく問題を答えられたときのような、生暖かな拍手が方々から挙がった。
「おお! やったなツムギよ! 恋ギガはまことに素晴らしい漫画だからな! 間違いなく、我は世界一面白い漫画だと思っているぞ!」
嬉々として笑顔を向けてくるジンに、紬はホッとすると同時に、じわじわと体温の上昇を感じていた。
散々ダメダメなとこを見せてきたお間抜け魔人だが、ここぞというときに、紬にとっての一番のツボを押さえてきたのだ。つい赤くなった顔を紬は画用紙で隠してしまう。
嬉しい、恥ずかしい、でも嬉しい。
「ようやくの正解おめでとうございます! しかし、なんというか本屋で非常に買いづらいタイトルですね! 漫画マニアな私も寡聞にして存じ上げず……よほどコアなファンしかいないマニアックな漫画なのでしょうか?」
黙れひき肉にするぞ。
スッと、熱を引っ込めて紬は司会者に半目を向ける。買いづらいタイトルなことは自分が一番よく知っていた。
だがここでも、ジンの熱いフォローが入る。
「恋ギガを知らぬとは、貴様は人生の三分の三を損しているぞ! まず基礎的な画力が高く、キャラクターの豊かな表情を描いたら温玉カレー丸先生の右に出る者はおらん! 作者の丁寧な仕事ぶりが痛いほど伝わる。またストーリーも素晴らしい。こう来るんだろうなという安定感の中に、たまに入れられる意表を突いた展開。読者の期待を裏切らない一話一話の完成度だ! 我は恋ギガこそ、じゃぱんを牽引する漫画だと……」
「ジンさんストップ! もういいですからストップ!」
再び、いや先ほどよりもゆでダコ状態で、紬はジンに『待った』をかける。ジンは「まだ語り足りぬぞ!」と不服そうだが、真横で聞いている作者の気持ちになって欲しい。
「イケメン外人さんは、本当にその漫画がお好きなんですねえ」とうんうん頷く司会者と観客にも居たたまれない。
本日一、あらゆる意味でノックアウトされた紬であった。
――――こうして、遊園地でのゲームはすべて終了した。
残念ながら「ラストのお題を答えられたら絆ポイント百倍★」などというご都合ルールはなく、最後の以心伝心ゲームで無双した青春ヤンデレペアが、順当に優勝。
次いでギャルペア、漫画家ペアという結果になった。
ギャルペアは「楽しかったからいいよーん」と最後までほのぼのしていたが、青春から始まってヤンデレに落ち着いたペアは「これで私と先輩の愛が証明されましたね……うふふふふふ」と病んでいた。
人を歪ませるゲームであった。
それから、最後までテンションの高かった司会者の声と、閉園のメロディ(なぜかデスメタルだった)を背に、紬たちはハリネズランドを後にしたのだった。
「じゃあねー! 今日はありがとう、楽しかったよ! 紬は学校で、ジンさんもまた遊びましょうねー!」
「気を付けて帰ってね、お疲れ様」
「今度こそ、俺らの名前を正しく覚えてくれよな!」
「今度こそ、俺らの顔を間違えず記憶してくれよな!」
悠由たちと別れて、紬とジンは並んで帰路についている。
辺りはすっかり暗くなり、家へと続く住宅街の道は、街灯の薄明りがポツポツと灯っていた。ジンの大きな影の横に、紬はひっそり隠れるように歩いている。
「むう……しかし、参加賞が遊園地の次回入園割引券とは。人間たちのちゃっかりさには敬意すら抱くぞ。こんなのまた行きたくなるではないか。なあ、ツムギよ」
「そうですね」
「ゲームも遊園地もたいへん面白かったしな! ツムギのフレンズたちともまた遊びたいぞ!」
「そうですね」
「あ……そういえば家に食材がないな。夕飯はどうする?」
「そうですね」
「明日の朝食の食パンもないぞ」
「そうですね」
「ジンさんは世界屈指のイケメンだな!」
「そうではありませんね」
「そこはそうなのだな!」
いまだジンに漫画をベタ褒めされた際の熱に浮かされ中な紬は、足を進めながらも気もそぞろだったが、なにがあっても否定しなくてはいけない事項に現実に引き戻された。
ジンは長いプラチナブロンドの髪を揺らして「我はこれでも、魔界のミスターコンで吸血鬼の次に人気があったのに……」としょぼくれている。相も変わらず、魔界は平和そうだ。
紬は隣の高い位置にある顔を盗み見しながら、しばし躊躇したあと、聞こえるか聞こえないかのギリギリの声量で呟く。
「ジンさんは私の漫画を『世界一面白い』って言ってくれましたけど……私にとってジンさんは、『世界一の相棒』ですよ」
タイミングよく紬の声に重なるように、些か遅い時間に飛んでいたカラスが、うるさく鳴きながら頭上を横断していった。
ジンは「ん?」と首を傾げる。
「すまない、よく聞こえなかった。なにか言ったか、ツムギよ?」
「うるせーばーかなんでもないですこのラブコメ主人公野郎」
「急な暴言! 今の我のどこにラブコメ主人公要素があったのだ!?」
ふんっと紬はまるで自身が描いているツンデレヒロインのように、機嫌悪く顔をそむけた。やはりこのお気楽魔人には、塩対応くらいがちょうどいい。
ただ、家に食材がないという夕食。
それはこれからスーパーに寄って、ジンが好きだといった『チゲ』にしてあげようとも思った。
決して自分との思い出が、魔王との鍋パとの思い出に負けたのが悔しいというわけではない。たぶん。
「でもやっぱり、我が家が一番だな!」
「居候のくせに……はやく帰ってのんびり鍋でもつつきましょう」
そうしていつも通りの調子で、二人は帰宅したのであった。
長らく続いた遊園地編、これにて終了です。次回は『ジンさんの一日』という閑話を挟んで、ようやく紬の兄が出ます。
そろそろ完結も近いですが、またなにとぞよろしくお願いいたします!





