魔界では大人気なようです
ひとまずチョコレートをあと二、三個食べ、完全に目を覚ました紬は、ミニテーブルを挟んでマジンさんと向き合った。
「ふむ、なかなか良い部屋だな」
DVD購入特典で当たったポスターやら(紬は◯◯店舗購入者限定特典という言葉に弱い)、クレーンゲームで思わず紙札崩して落としたアニキャラのぬいぐるみなど(逆さ吊りにされているところなどを見ると、早く救出しなくてはという気になる)、オタクグッズが幅を利かせる狭い室内に、角と尻尾の生えたきらびやかなイケメンが座る様は、下手くそなコラ画像みたいだ。
いまからでも遅くない。掃除させてほしい。
一応スーパーで安かったティーバッグの緑茶もマグカップで出したら、マジンさんは「ほう、良い香りだ……」としみじみ呟いていた。カップもカップで、担当さんを除いた他人など部屋に入れる気は一切なかったので、ろくなのがない。今度ちゃんと百均で買ってこようと紬は思った。
マジンさんは熱いお茶などはじめてなのか、ふーふーと冷ましている。
その手の中には、まだ大事そうに紬のサイン色紙が抱えられている。
「えーと、まずあの、単刀直入にお聞きしますが……あなたは人間ですか?」
「魔人だと言ったはずだが」
マジン=魔人。
紬の脳内変換機能がやっと正解を叩き出した。
「お、お住まいはどちらで?」
「魔界だな」
「魔界……す、住みよいところなのですか?」
「良いとは言えぬな。瘴気が常に漂い、黒い太陽が二つ昇っているが常に薄暗い。こちらの世界の方が空気は旨いな」
「そんな都会から田舎みたいな感想……ど、どうやってこちらに?」
「こう、穴をくぐって」
「へえ、穴を……」
場は気まずいお見合いみたいになっているが、気まずいのは紬だけで、魔人さんは尻尾をゆらゆらと揺らしてご機嫌そうだ。
片手でお茶を啜りながらも、まだサインを離さない。
「あの、どうしてその魔界の魔人さんが、我が家の押入れに……というかなんで私の漫画を……」
「うむ。それに関しては、詳しく話さねばなるまい」
魔人さんの住む魔界は、長年様々な種族間での争いが絶えなかった。魔界にはいろんな種族がおり、この世界でも有名なゴブリンや吸血鬼なんかも普通に存在しているらしい。
血で血を争う日々。強さこそがすべての魔界。
だがその争いを治めた者が、現『魔王』と呼ばれる者だった。
「今代の魔王が、力は歴代最強だがとにかく平和主義でな……争いを嫌い、魔界はとても平和になったのだ」
「いいことじゃないですか」
「ああ。魔王の『平和を乱す奴等は全員、俺が血祭りにあげる』という脅しが効いたらしい」
「どこが平和主義!?」
恐怖政治じゃないのか!?
「だが平和になったはいいが、魔界の住人は長らく争いしかしていなかったからな……急にすることがなくなって、皆がポケーと抜け殻みたいになってしまった」
「定年退職後の無趣味なお父さん状態に……」
「そんな折に、魔王の強すぎる力の影響か、魔界に時空の歪みが生まれたのだ。それが『穴』だな。穴はこの人間界に繋がっており、我らが見たことのない様々なものがそこから流れてきた。いろんな書物にゲームの類……娯楽に飢えていた魔界の住人は、一気にそれらにハマった。特に人気なのは『めいどいんじゃぱん』のものだ」
ここに来て、ようやく紬は話が読めてきた。
魔界とこの世界を繋ぐ穴は、どうやら日本文化も魔界に輸入させたらしい。魔人さんの知識が間違った外国人留学生みたいに妙に偏っているのも、情報をツギハギで取り入れたからだろう。
そしておそらく……。
「……その流れ着いたものの中に、私の漫画もあった、と」
「うむ。この書物は漫画というのだな! 我は貴様のこの漫画を読んで、全身が打ち震えるほど感動した……!」
端整な顔を綻ばせ、興奮した様子でテーブルに身を乗り出す魔人さん。
パッと大切に持っていたサインが、今度は紬の漫画に切り替わる。ちょいちょいファンタジーな様子を見せつけられ、紬はその度に面食らう。
「まず、地味で冴えない男が、たまたま不良から助けた学校一の美少女に惚れられ、付き合い出すという斬新なストーリー」
「わりと王道なストーリーですが……」
「そこから主人公の周りが騒がしくなり、なぜか次々と主人公に言い寄る女が現れるという、胸踊る展開」
「わりとテンプレなハーレム展開ですが……」
「そんな中でも、一途な主人公と、素直になれないメインヒロインがとても良いな。キャラ造形がしっかりとしている。絵も可愛らしく丁寧で、なによりキャラの表情が上手い。1巻目の25ページのヒロインの頬を染めた表情は、特に一面で輝いている。巻末のおまけ番外編はキャラの私生活が見れ、より世界観に浸れるな」
「急に編集みたいなコメント……! そして滅茶苦茶読み込んでくれてる! あ、ありがとうございます」
これには、紬は普通に嬉しくなって照れた。
何度でも言うが紬はマニアックな漫画家だ。常にやさしい感想に飢えているし、こんなふうに面と向かって漫画を褒めてくれたのは、いままで担当さんか兄くらいだった。
誰かに肯定されると、描いてよかったと思える。
クッションの上で正座しながら、紬はむず痒くてそわそわしてしまう。
「あまりにも面白かったため、我一人で独占するのはもったいないと思ってな……まずはマブダチの魔王に薦めてみたのだ。そしたら魔王も大ハマり」
「似非平和主義バイオレンス魔王まで!?」
「知り合いのメデューサも『固まるほど超面白い』と言っていたぞ。家がお隣のデュラハンなんか、捜索届けを出していた首を、貴様の漫画の続きが読みたいがために自力で探してきたくらいだ」
「知り合いのメデューサ!? というか固めるほうじゃないんですか!? デュラハンさんは見つかって良かったね! そして魔界超平和そう!」
「貴様の漫画は何冊か流れ着いていたのだが、そのすべてが魔王城の書庫に収められた。そこから口コミで広まり、貸し出しの予約は200年先まで。いまや魔界中で大ヒットだ」
な、なんかえらいことになっている……!
人間界では、怖くて担当さんに売り上げの話すら切り出せないというのに。紬は見知らぬところで、自分の漫画が想像以上に人気を博している事実に震えた。
そこで、魔人さんはハッとした顔になる。