自己紹介は意外と試練
「おーい! 紬、こっちこっち! てか代理って、前に電車に乗るとこ目撃した、紬の親戚の変なTシャツ着た外国人さんじゃん! 今日もパンチ利いたTシャツですね!」
「へえ、悠由が騒ぐだけあって本当にイケメンね」
ハリネズランドの、基本はファンシーなピンク色なのに、コンセプトを守ってところどころトゲの生えている地獄の入り口みたいな入場ゲートの前には、紬とジン以外のメンバー全員が揃っていた。
全員がジンの容姿を見て感嘆の息を吐いたり、ジンのTシャツを見て首を傾げたりしている。
ジンはバスで練習した通り、先手を取って己の自己紹介を済ませた。ちなみに裏声少女漫画アレンジはしていない。
「そんなわけで、本日は不束ものだがよろしくお願いいたしますだぞ、皆のもの」
「ジンさんめっちゃおもしろーい! じゃあこっちは私から! はじめまして、今日は代理で来てくれてありがとうございます、紬の友達で間宮悠由っていいます。気軽に悠由って呼んでもらえたら嬉しいです!」
「ふむ、ユウユだな、記憶した」
「同じく紬の友人で佐賀凛子です。初対面だとか気を使わずに、なにか不都合あれば遠慮なく言ってくださいね」
「ふむ、リンコよ、お心遣い痛み入る」
ナンバーワン社交的な悠由が早速ジンと打ち解け、それに凛子が続く。紬は「むしろジンさんがなんかやらかして不都合あればこちらこそ遠慮なく言ってくださいね!」とすでにハラハラである。
友人二人の格好は、悠由は頭の天辺に大きなお団子ヘアー、半袖白シャツにカーキのサロペットコーデだ。元気でポップな雰囲気が彼女によく似合っている。
凛子は黒のノースリーブに、シルエットが縦長にストンと綺麗に見える、ストライプ入りのターコイズブルーのガウチョパンツ。スタイルのいい凛子らしいチョイスである。
「はい、次はオギハギコンビも自己紹介、自己紹介! あんたたち色々とわかりにくいんだから、なるべく私たちより細かくプロフィール言ってよ!」
「わかりにくいってなんだよ!」
「俺らをみんなコンビ扱いし過ぎだよな」
悠由に背を押されて、二人の男の子が紬とジンの前に進み出る。同学年とはいえ、クラスも違うし紬もほとんど初対面に近い。
そして悠由の言う『わかりにくい』という言葉を、改めて二人の見た目を見比べ、さらには自己紹介を聞いて、紬はよくよく理解した。
「俺はサッカー部の荻アズマ。一応部では一年生エースだよ。カズマとは家が隣同士の幼馴染みなんだ。えーと、趣味とか言っとくと、サッカー以外ならスキーかな。好きな食べ物は中華まんで、地味な特技は効き水! 飲めばどんなメーカーでも当てられるよ。今日はよろしくな」
「俺はバスケ部の萩カズマ。一応バスケ部の一年エースやってるんだ。アズマとは家が近所の昔馴染みな。ええっと、趣味はあえて言うなら、バスケ以外だとスノボーかな。好きな食べ物は肉まんで、自信のある特技は効き茶! お茶ならどんな商品でも当てられるぜ。仲良くしてくれよな」
どちらもスポーツマンらしく髪を短く切り揃え、見事に身長も同じくらい。顔も誠実そうだが特徴の薄い目鼻立ちがよく似ていて、若干アズマはタレ目で、カズマはツリ目だ。
服装は赤の横縞のTシャツに半袖の紺のジャケットを着た方がアズマ。
赤の縦縞のTシャツに半袖の黒のジャケットを着た方がカズマ。
紬は早速混乱した。
「え、ええっと、効き茶? とかすごいね……荻くん」
「俺は萩の方な。効き茶は俺の特技で合っているけど」
「あ、ご、ごめん!」
「せっかくだから下の名前で気軽に呼んでくれよ、紬さん」
「う、うん…………カズマ君?」
「俺はアズマなー」
わかるかあっ! と内心で吠える紬の服のソデを、隣のジンがちょいちょいと引いた。ジンは高い背を折って紬の耳に口元を近付け、小声で耳打ちしてくる。
「どうしたものか、我の人間より優れているはずの記憶力を持ってしても、『え、どっちがどっち?』とわけがわからなくなったぞ。奴等は魂の双子なのか?」
「ソウルツインズの可能性がありますね……正直私も判別が曖昧です……。そもそもなんですか、スキーとスノボー、中華まんと肉まん、効き水と効き茶って。同じ雪の上を板で滑るスポーツ、中華まんの種類のひとつが肉まんで、水とお茶の違いとか微妙すぎて誤差の範囲ですよ」
「うむ。見た目も服装も決して同じではないのに、パッと見はだいたい一緒という絶妙さだ。どちらも善良そうな少年ではあるが、なにぶんわかりにくい……」
こそこそと内緒話をする紬とジンを見て、目を輝かせた悠由が「なにイチャついてんのー、紬ったらやっぱり……」とニヤつくので、紬は慌ててジンから距離を取った。
このくらいの肌が簡単に触れる距離感、家でなら至って普通だが、改めて外で指摘されるとやっぱり近かったのか……! と変に危機感を覚える。
「ジンさん、今度から私たち、少し距離を置きましょうか」
「ど、どうしたのだツムギ!? なぜ急にそんな、昼ドラでこのまま自然消滅するんだろうなーと容易に展開が予想できる不和の生じた夫婦のようなことを……!?」
我がなにかしたのか!? と子犬のような目であわあわするジンに、今度は紬の方が慌てて「いや、やっぱりなんでもないです! ジンさんは無実ですよ!」とフォローに回る。
二人は気づいていないが、その様こそより親しい間柄を感じさせるじゃれあいだ。
「はいはーい、バカップルさんたち、もう行きますよーそろそろ遊びたいし!」
「カ、カップルじゃないってば悠由! やっぱり距離取ってくださいジンさん!」
「ガーンだぞ、ツムギ!?」
「あんたら、並ぶときは人様の迷惑にならないようにね」
「なあアズマ、やっぱ俺等ってわかりにくいのか……? よく間違えられるよな」
「だよなカズマ、別に兄弟でもなんでもないし、こんなに趣味も特技も違うし。顔も似てないのにな」
ガヤガヤとうるさい一行は、やんわりと初対面の自己紹介を終えて、スタッフのお姉さんに導かれ、なんとかハリネズランド内へと足を踏み入れた。





