ジンさんは演技をがんばる
紬とジンはガタゴトと、ハリネズランド行きのバスに揺られていた。
窓越しに通り過ぎていく景色はどこも夏色だ。
二人がけの席に座って、窓際がジン、通路側が紬。車内は二人以外もチラホラと人はいるが、基本的に空いている。
片手でスマホを弄っていた紬は、「ん?」と訝しげに眉を寄せる。
「どうした、ツムギ?」
「クソ兄貴からメッセが来てました……かなり前に。非通知設定にしているからわかんなかった。ふーん、あの図書カード誰かにあげたんだ。別にいいけど」
「ツムギよ、スマホばかり見ていると酔うぞ。遠くの外の景色を眺めるのだ。見ろ、あそこのビルの三階の一室では、昔は男みたいだったのに最近急に可愛くなった幼馴染みに迫られてどう答えればいいのか友情と恋情の狭間で悩む高校生男児が見られるぞ」
「ラブコメでありがちなシチュエーションだけど、それバスから景色として見える範囲の情報じゃなくね?」
『次はハリネズランド前、ハリネズランド前です』
車内に無機質なアナウンスがかかり、紬は手を伸ばして降車ボタンを押す。ピカッとランプが点灯し、『次、停まります』とまたもや音声が聞こえた。
スマホの画面を一度暗くし、紬は神妙な面持ちで隣のジンを見つめる。
「……さて、ジンさん。もうすぐハリネズランドに着きますが、ここらでジンさんの『設定』の最終確認です」
「あいわかった。どこからでもかかってくるがよい」
紬がジンに「一緒に遊園地に行けるようになったよ!」と告げたとき、「ひゃっほーい! へいへーい! 楽しみすぎるぜふぅー!」と阿呆のように騒いでいたジンだが、今はだいぶ落ち着いて深々とシートに身を沈めている。
尻尾なんてテンション高く激しく振りすぎて千切れるかと思ったが、今は魔力課金で角と共に消し済みである。
格好はいつぞやの変な文字Tシャツシリーズで、前回は『Iラブにっぽん』だったが、今回はシンプルな三文字で『現地人』。
まったく現地人ではない者があえて着るところがポイントだ。
「ではまず、基本設定からどうぞ」
「こほん……我は紬の遠い親戚で、語学留学中の外国人! 紬のお家にホームステイしているよ! 出身は北欧とかアラブとかなんかそこらへんで、日本についてはまだまだ勉強中★ 好きなものはゲイシャ、スキヤキ、フジヤマー! 特技は暗算とあやとりだよ! じゃぱんの遊園地とか初めてで今からドキドキしちゃう……みんなと仲良くなれるかなあ」
「なんで裏声使ってまで、少女漫画の冒頭にくる自己紹介風なのかはわからないけど……合格です。魔界的な言動は?」
「全面禁止。したら一つごとにペナルティとして、我がまだ未プレイな新作ギャルゲーの、ルートごとのネタバレをちょっとずつ明かす」
「自分で考えておきながら、なんて残酷な罰……最後に、不都合なことを聞かれたら?」
「オウ、日本語、トテモムズカシーイ。我にはワカラナーイ」
「エクセンレト、完璧です!」
褒められたジンは得意気に紫の瞳を細め、ふふんと胸を張っている。彼は遊園地に行けるだけじゃ飽き足らず、己の自作のパンフレット(分厚い方)を持って来られて満足だった。
持って来られて……というか、彼が魔力を課金すれば、いつでも紬のマンションから手元に呼び寄せられる。
魔力を使うとこは絶対に人には見つからないこと、どうしても使いたいときだけという条件付きで、自信作を実用化できそうなことにジンの機嫌はすこぶるいい。
「設定の確認が完璧だったのなら、次は遊園地の周遊ルートの確認はよいのか? パレードの時間やアトラクションごとの待ち時間もまたチェックしておいた方が……いや、それもものすごく大切だが、イベントの攻略法をもっとネットで調べておくべきだったかもしれぬな。犠牲になった星屑という少年のためにも、我々は決して負けられぬぞ。命尽きても戦わねばならぬ」
「なに時代の戦に出るつもりですか」
あと星屑じゃなくて星野です、と紬はやんわり訂正しておく。
星屑だとすでに消えかけではないか。
「あ、カメラ! デジカメの確認もしておくのだぞ! ギリギリになって『充電がもうなくて撮れないよー』とか詰みだぞ! 資料用の写真も撮るのだから、充電はたっぷり残しておかねば……ハッ! 待て待て、充電といえばスマホの方は? スマホがお亡くなりになったら、はぐれたときなど大変だぞ!? 連絡を取れないと一人で遊園地を彷徨うことに……!」
「大丈夫ですよ、私も子供じゃないんですから……」
「我は一人にされたら泣いてしまうぞ!」
「はぐれるってお前かよ! そんときは迷子センターで『現地人というTシャツを着ている成人男性のジン君、保護者様がお待ちです』って放送かけてもらうから安心しろ!」
そもそもジンはスマホ自体を持っていないし、本気を出せば紬の気配などいくらでも辿れるそうなので、そんな心配要らないのだが。
彼は落ち着いたように見えても内心のテンションはまだおかしいようで、「GPS! GPSが必要だ!」などと騒いでいる。
「G(ガチで)P(ポッとはぐれたら)S(すごく困る!)」
「知らんわ! ほら、もう着いたからさっさと降りますよ!」
ちなみに、これまでの会話はすべてバス内なため小声である。ジンは公共交通機関の利用ルールなどには異様に忠実だ。
紬はジンの腕を取って立ち上がり、料金を二人分払ってバスから降りる。運転手の気の良いおっちゃんには「なんだ姉ちゃん、えらいイケメン連れているな。デートか?」と聞かれたが、真顔で「いえ、どちらかというと保護者です」と答えておいた。
ジンは言動はおかんだが、天然魔人なので紬は気分的には保護者であった。
「楽しみだな、ツムギよ!」
「……そうですね」
そしてジンと紬は、ようやくハリネズランドに到着したのであった。





