閑話 隠れオタクなチャラ男子高生くんの悲劇 前編
星野匡は現在、実家の自室にて監禁されていた。
いや、監禁というには少々大袈裟か。軟禁と称すべきか。あんまり変わらなかった。
「なぜこんなことに……」
普段ならば、外面に反して根はガチオタな匡は「自室で監禁? 部屋から出なくていいとか神かよ。よしきた永遠に引きこもるわ」となるところだが、今はそんな後向きに前向きな台詞は吐けない。
「……はあ」
天井をぼんやり見上げて、雑誌におまけとしてついてきた、大好きな『恋ギガ』のヒロインちゃんの等身大ポスターに向かって、匡は悲しみの溜め息をついた。
ヒロインちゃんも「ドンマイ★」と笑っているようだ。
今日はずっと気になっていた壬生紬さんと、その他愉快な仲間たちとの待ちに待った遊園地イベントの日。
壬生さんに如何にして自然にヲタクであることをカミングアウトして、お友達になるか。念願だった『恋ギガ』ファン仲間をゲットするか。
彼女を誘い出すところから、綿密に計画を練って当日を迎えたはずなのに、マジでどうしてこうなったと、匡は無理やり寝かされたベッドの上で考える。
かみなし神社前で、ハリネズミランド行きのバスを待っていたら、原因一切不明の歯痛に襲われ。
あまりの痛みに空飛ぶキツネの幻覚まで見て。
瀕死になりかけながらも遊園地メンバーである間宮悠由さんに連絡を取り、次いで大学が休みで実家に帰ってきている姉貴にヘルプコールをした。
優しい淑女の仮面の裏は極悪な元ヤンだが、なんだかんだ弟想いの姉はすぐさま、神社前まで車をかっ飛ばして匡を迎えに来てくれた。
姉の運転は改造バイクを乗り回していた名残で荒い。しかしなぜか無事故のゴールド免許である。
そこから車に揺られて歯医者へ。
先生には「虫歯一本ありませんね、いい歯並びです」と微笑まれた。
もっと別の病が要因かと、総合病院に連れていかれそうになったところで、フッと痛みは嘘のようにかき消えた。
そう、それこそ憑き物が落ちたみたいに。
その時点で、匡はもう元気も元気だ。
むしろコンディションは一周して最高だった。今ならアニソン100曲メドレーでも、キレのあるオタゲーでも披露できてしまうほど。
姉に頼んでハリネズランドに車で送ってもらえば、少し遅れてでもみんなの元へ参戦できたのだ。
――が。
「姉ちゃん、こういうとこ無駄に過保護なんだよお……」
ううっと、情けなくも涙目になる。
匡は姉により、強制的に自宅待機命令を出されてしまった。
大事を取って……という姉の考えはわからないでもない。あれだけの大騒ぎのあとだし、遊園地なんて何かあったら確かにリスキーだ。
弟を心配してくれている故の判断なのだから、普段なら彼女の言うことを匡だって素直に聞いている。
だが今日は。
今日だけは。
「今なら姉ちゃんは部屋の中……よし」
匡はベッドからいそいそと這い出て、乱れた金髪を整え、長財布をアンクルパンツの尻ポケットへと突っ込んだ。
上はブランドのロゴの入った白のロングTシャツ。アクセはいつもより少し控えめだ。
寝転んでいたせいで服は皺になっているが、今日の日のためにメンズ雑誌を読み込んで、チャラさを残しつつも壬生さんが親しみやすさを覚えてくれるような、爽やかさもあるファッションにしてみた。
壬生さんとのヲタクトークへと持ち込む流れも、何度も頭でシュミレーション済みだ。彼女と二人きりになる算段も完璧。
ここまで準備を頑張ったのに、このままパアになるのは切なすぎる。
「姉ちゃんには悪い……ていうか単純に姉ちゃんが怖いけど、ゲームで言うならしくじれば即死レベルのミッションだけど、俺は行くぞ……!」
先ほど姉は自分の様子を確認したあと、向かいの部屋へと入っていった。
手には借りてきたDVDを持ち、お気に入りのヤンキー映画(ビデオショップではさも「弟に頼まれて借りました」風を装っているらしい)をゆっくり自室のプレーヤーで見るのだと言っていたので、しばらくは出てこないはずである。映画に集中してくれているならさら好都合。
匡の部屋もチャラ男コーティングの裏側で、アニメのフィギュアやら山積みのゲーム&DVDやらで大概酷いが、姉の部屋も姉の部屋だ。
クローゼットを開ければ、春物の新作ワンピースの横に特効服が並び、コスメ用品の中にしれっとメリケンサックが混ざって、愛らしいぬいぐるみの間に釘バットが挟まっていたりする。あとたまにほんのり血の香りもする。
正反対だが裏表の激しいオセロなところは、わりと似た者きょうだいである。
「生か死か……いざ!」
危険な賭けだが、今のうちにこっそり家を抜け出し、タクシーのひとつでも捕まえてハリネズランドに向かえば、そこそこの余裕を持って夕方のイベントには間に合うはずだ。
慎重にドアノブを握る。
今、匡の決死の脱出劇が幕を開けようとしていた。
足音と気配を最大限に殺して、匡がそろーっとドアを開けると――
カランカランカラン
「なにぃ!?」
――ドアに仕掛けられていた罠らしきものが作動した。
空き缶に穴を開けて細いワイヤーを通し、それをドアの上部に三、四個取り付けて、開くと鳴る仕組みだった。
缶の中にもなにか仕込んであるのか、想像以上にでかい音が狭い廊下に響き渡る。
なんて原始的な罠なんだ……!?
ていうかいつこんなの仕掛けたの!?
小学生の夏休みの工作みたいなトラップが、まさか実家の部屋の前に用意されているとは思わないだろう。ここは秘密基地か何かか。
そう匡が戦く中、ギィィと重々しい音を立てて正面の扉が開く。
「たあくん……? お姉ちゃんに黙って、一体どこへいくのかしら?」
匡の決心も虚しく、姉という名の地獄の番犬が顔を出してしまった。





