ジンさんは隠れてそわそわする
「ジンさん。本日は報告が三つあります」
「うむ、聞こう」
紬とジンは今、部屋の真ん中に置いたミニテーブルで、向かい合わせに座って夕食を取っていた。
本日は和食。
机に並べられた品は、豆腐と油揚げの味噌汁、鯵の蒲焼き、牛肉入りのきんぴらごぼう、ひじきの混ぜご飯。
いまだ割烹着を身に着けるジンの料理の腕は、紬の実家の母を完全に凌駕していた。「かつお節と昆布の合わせダシ最高……いまなら血液が味噌汁になってもかまわない……」などと思いながら、紬は暖かい味噌汁を飲み、程よく甘辛いきんぴらごぼうを口に入れる。
ゆっくり味わって咀嚼したあと、順番に報告をはじめる。
「まずですね、短編のタイトル案を担当さんにメールで送ったんですが、いまだ保留中です」
「うむ。タイトルは大事だからな。タイトルは作品の顔、家で言うなら玄関、魔界で言うなら瘴気、まずはそこからというものだ。審議に時間を割くのは当然である」
「最後の例えはよくわかんないけど……表紙絵の下書きもそんなわけで、まだ合わせて構成を練り中です」
紬は鯵の蒲焼きに箸を伸ばす。
絡むタレが光沢を放ち、かけられた胡麻と青ネギがいいアクセントになっている。ご飯が進む。
「報告二つ目です。恋ギガの方なんですけど、ちょっとしたテコ入れで、サブヒロインさんの髪型を変えたい的な話をしていたじゃないですか。あれナシで」
「うむ。理由を述べよ」
「変えたほうが描くのめんどい」
「ならば致し方あるまいな」
じゃあそのままで、と二人でハモり、同時にジンと紬は熱いお茶を啜る。
紬は新人賞に投稿時代、「なんでコイツこんな複雑な髪型してるんだ……誰だ設定したの、私か」みたいなことを幾度となく繰り返していた。人は成長する。
ここでいったん正座していた足を崩し、紬はメインとも言える三つめの報告を口にする。
「最後の報告ですが……来週の日曜日に、学校の友人たちと近場の遊園地に行くことになりました」
心なしかドキドキしながら告げたのだが、ジンの反応は「そうか、楽しんで参れ」の一言だけ。彼は淡々とお茶を啜り続けている。
紬はあれ?と首を傾げた。
「ジンさん、他にコメントはないんですか?」
「む? 背景用の資料のために、デジカメは必ず携帯するのだぞ」
「それはもちろん。……じゃなくて」
打ち合わせのときみたいに、雷が走ったような大袈裟な反応がくる、もしくはまたついて行きたいと騒ぐのではと身構えていたのに、ジンの態度があまりに普通で紬は拍子抜けする。
ジンの中では、打ち合わせ>>>>遊園地 なのだろうか。
それにしても無反応すぎる。
「もしかしてジンさん、遊園地がどんな場所か、正確に把握していなかったりします? また変な認識しているとか」
「失礼だぞ、ツムギ。我はちゃんと知っておる。人間たちが休暇を取り、俗世のことは束の間忘れて『あとらくしょん』や『ぱれーど』などを楽しむ、大型の娯楽施設であろう。ジンぺディアにもそう載っておる」
「なんだジンぺディアって」
誤情報の多そうな辞書だなと、紬は残ったひじきご飯の健康的な味を堪能しつつ思う。
「それを知ってるのに、ジンさんは遊園地には興味ないんですね。普通はもっとテンション上がる案件ですよ、遊園地なんて。少なくとも打ち合わせよりは」
「ツムギ、我は童子ではないぞ。遊園地ごときではしゃげぬ」
「ファミレスの期間限定スイーツで大はしゃぎだったのにどの口が」
目の前の夕飯をすべてたいらげ、紬は「ごちそうさまでした」と手を合わせる。
しかしそれなら、今回は友人たちと行くから無理だとしても、また日を改めてジンを遊園地に連れいってあげようかと思った計画は、別にいらなさそうだ。
あまりにテンションを上げられ過ぎても困るが、冷静な対応をされてもちょっと寂しい。というか、なんか悔しい。
今だって、もっと食い付くかと思ったのに。
紬はほんの少し拗ねた気分で、食器を重ねて持って立ち上がる。
そこでふと、ジンの背後に目を留めたのだが。
――――ジンの竜の鱗が張り付いたような尻尾は、めっちゃそわそわしていた。
「…………ジンさん、本当は遊園地、興味津々でしょう」
「しつこいぞ、ツムギ。我は遊園地の背景資料に興味はあっても、それ自体に関心はない。『かんらんしゃ』はどれほど高い位置から園内を見渡せるのかなとか、『じぇっとこーすたー』は四肢が千切れる恐れはないのかなとか、『こーひーかっぷ』は最高速度どれくらい回せるのかなとか、そんなことは考えたこともない。ましてや遊園地のマスコットキャラと握手したいとか、グッズの耳や被り物を購入してつけて歩いてみたいとか、決して思っておらぬぞ!」
「はい、満喫プランの説明ありがとうございました」
わっくわくじゃねぇか!
ていうかお前、耳や被り物なんか購入しなくても、天然ものの角生えてるだろ!
そんなツッコミはごっくんして、紬は台所の流し台に皿をいったん置きにいった。そして部屋に戻り、スクールバッグからチラシを取り出す。
学校で悠由から譲り受けたイベントの概要である。それをジンに突きつける。
「ちなみに今回の遊園地は、夕方から行われるこのイベントがメインですから。まあ、朝から行って、乗り物とかでも多少は遊ぶ予定ですけど」
「ふ、ふーん。いいのではないか、イベントも盛り上がりそうで。別に羨ましくもなんともないがな。我も朝から、戦隊モノをリアルタイムで見るという大事な用事がある。レッドとピンクの恋模様に、ブルーが横恋慕して、別のところではイエローが寝取られ疑惑だ。かなり目の離せない展開であるからな」
「それ本当に戦隊モノですか。昼ドラじゃないんですか」
紬は日曜朝はゆっくり起床派なので、ジンのようにリアルタイムで戦隊モノは追っていない。でも今度DVDを借りてこようと思った。
「来週行くのはイベントの関係もあって、友達も学校の男子ズもいるし無理ですけど、ジンさんもまた連れて行ってあげますから、遊園地」
「べ、別に我は……!」
「はいはい。素直にならないと、いざ行ったときにお化け屋敷だけ放り込んで帰りますよ。言っときますけど、ハリネズランドのお化け屋敷はちょっと洒落にならないレベルで怖いですから」
過去に兄にやられた外道の所業を思い出し、紬が遠い目で脅すと、魔界出身のくせに霊的なものを恐れるジンは、「遊園地に本当は我もめっちゃ行きたいです」とようやく認めたのであった。





