紬さんは一本釣りにされる
「『ハリネズランド特別企画・遊園地でわくわくお宝さがし』……これは?」
悠由が見せてくれたチラシの文字を読み上げて、紬はパチパチと瞬きした。
ハリネズランドといえば、紬の住む圏内から一番近い遊園地だ。
ハリネズミを模したキャラがモチーフで、そこそこのアトラクションは揃っている。ちょっと電車で遠出すれば有名テーマパークがすぐそこにあるせいで、近年はすたれがちだが、紬も幼少期には家族で行ったことがあった。
兄にお化け屋敷に騙されて放り込まれ、ギャン泣きした黒歴史がその地には眠っている。
「企画名まんまの、遊園地内でお宝探しをするんだよ。ペア参加でね! ペアはもちろん誰とでもいいわけだけど、男女で行くと割引あり。さらには三組以上のペアの団体登録で、アトラクション乗り放題券がもらえちゃう。これに、星野が用意する男子メンツと、私ら三人で行かないかって誘われたの」
「ちょっと待ち。そもそもなんで星野。悠由、あのチャラ男と仲良かったっけ?」
軽薄な男子が苦手な凜子は、あからさまに眉を顰めている。紬も、悠由が星野くんとやらと仲がいいなんて初耳だ。
「最近、美化委員の清掃活動が一緒になって、それなりに話すようになったんだよー。見た目のチャラさに反して、案外真面目な良いヤツだよ、星野」
「それはいいけど、なんで私らがそのイベント要員に誘われるの。アイツなら、女子三人くらい簡単にメンツは揃えられるでしょ」
「男子は参加したい奴がすぐに集まったけど、女子は誰も行きたいって子がいなかったんだって。あれかな? 星野の周りってギャルっぽい子が多いし、近場の寂れた遊園地のイベントなんて、興味なかったんじゃない? でも星野は賞品に興味があるから参加したいんだって。それで、いつも悠由たちが三人でいるの知ってたから、それなら紬と凜子も呼んでちょうどメンバー集まるからどうだって」
悠由の手からチラシを受け取った紬は、その概要に目を走らせていく。
RPGや脱出ゲームに、ジンとともに最近ハマっている紬としては、内容自体には心擽られる。
しかも実は今後の『恋ギガ』の展開で、メインヒロインと主人公のデート回があるのだが、そのデートスポット候補の一番が遊園地なのだ。背景担当のジンも「我はより具体的な資料を所望する」と言っていた。カメラを持って行けばまさに打って付けだ。
連載の方は万能アシのサポートのおかげで順調だし、新作短編の方も日数的にはまだ余裕がある。
悠由の誘いに乗って、遊園地のイベントに参加する利点は、紬には十分あった。
……しかし問題は、『見知らぬ男子とペア参加なんてハードルたけえ』ということである。
社交的な悠由や、男より男前な凜子は、初対面の男子と組まされてもさほど問題はないだろう。なんだかんだ、きっとすぐに仲良くなれる。
でも紬のスペックは、元引きこもりのオタク。固有スキルはマイナーな男性向けラブコメ漫画を描くこと。勝算はゼロだ。
おまけに校内一のチャラ男の星野くんと、下手してペアにでもなったらどうすればいいのか。絶対に話なんか合うはずがない。気まずい空気が流れるに決まっている。
「ちなみに聞くけど、星野以外の男子メンバーは?」
「サッカー部の荻くんと、男子バスケ部の萩くん」
「ああ、あの名前が紛らわしい『オギハギコンビ』か」
幼馴染同士で、どちらも各部の一年生エース、一部の腐敗した女子には邪推されるほど常に一緒で仲のいい二人だ。星野みたいなチャラ男子ではなく、スポーツマンな爽やか系男子ズだが、それでもやっぱり紬にはハードルが高い。
イベントは気になる。
遊園地の資料は欲しい。
でもパーティーメンバーに交ざれない無理やだこわい。
そう思うと、ジンの存在のなんと落ちくことか。なんだか彼の妙に似合っている割烹着姿が、急に恋しくなってきた紬である。帰ったら拝もう。
凜子と悠由はまだイベントについての話を続けているが、紬は断る方に決めた。悠由には悪いが、自分にはまだ早い。
だが、「ごめんね」の「ご」の字が口から出かけたところで、紬の目は賞品一覧に留まった。
お宝さがしは得点制で、参加ペアの上位から三組まで、好きな賞品をこの中から選択できるらしい。しかもペアで同じものではなく、それぞれで好きなものを選べるという破格具合。
賞品も豪華で、なにやら頑張っているハリネズランド運営。だけど、それに感心する余裕は紬にはなかった。
最新型音楽プレーヤー、温泉ペア宿泊券、マッサージ機能つき枕、万能タワシ五組セット……などなどの中に混ざる、『キラリンスペースガールズ限定グッズ』の文字。
キラスペええええ!?
と、紬は心の中で叫んだ。
二次元バーチャルアイドル・キラスペは、先日もジンと仁義なき推しキャラ戦争を繰り広げたくらい、紬もジンも大好きなアイドルたちである。
どこかのテーマパークとコラボするという情報は、うっすら把握していたが、まさかハリネズランドとなんて。
チラシを持つ紬の手は、プルプルと震えている。
「ねー、紬はどう? あ、なんか欲しい賞品でもあった? 私は無難に、街のショップの商品券狙い! 星野はなんだっけ、なんか万能タワシが欲しいんだったかな」
「確実にタワシは違うでしょ。でも最新型音楽プレーヤーはいいわね……来週の日曜なら、部活も午前までだし、私は行ってもいいわよ。オギハギコンビなら、まあ許容範囲。紬はどうする?」
二人に顔を覗き込まれ、紬の頭の中では『いく』or『いかない』の二択で、天秤がぐらぐらと揺れている。
その揺れる天秤を傾けたのは、キラスペグッズの詳細だ。
……ジンの推しキャラの特製ファイルも、グッズの中にある。持ち帰ったら、あの魔人はまた、尻尾をびたんびたんとさせて喜ぶだろうか。
嬉しそうに紫の目を輝かせるジンの姿が、紬の脳内に浮かんだ。
「い、行こうかな。賞品も、気になるし」
「オーケー! じゃあ、また星野に言っとくね!」
当日はがんばろうねー! と抱き着いてくる悠由に、紬はやっちったーと眉を下げつつも頷いたのだった。





