紬さんは問い詰められる
月曜日。
紬がいつもどおり、ジンのバランスの取れたおいしい朝食を食べて登校すると、珍しくもう悠由が来ていた。
部活の朝練で常に早い凜子はともかく、だいたい朝礼開始ギリギリに来る彼女にしては珍しい。
それでも悠由の髪型は、左右の緩く括った三つ編みの中にリボンを編み込んだ凝ったもので、本日もバッチリお洒落さんだ。「おはよう、その髪型かわいいねー」と紬がのほほんと挨拶しようとすれば、その前になぜかガッと腕を取られる。
「ゆ、ゆうゆ?」
「つ、む、ぎ! 事情聴取のお時間ですよ?」
事情聴取? と首を傾げる紬をお構いなしに、悠由は愛らしい顔でにっこりと微笑んだ。そのまま凜子の席までズルズルと紬を引き摺って行く。
イヤホンを耳につけ、スマホで音楽を聞きながら机に突っ伏して寝ていた凜子を叩き起こし、悠由の事情聴取とやらは始まった。
「……と、そんなわけで、私はたまたま見ちゃったわけよ。さあ、白状しなさい、紬! あの変なTシャツを着た超絶イケメン外国人は誰!?」
びしっと大袈裟な仕草で指を突き付けられ、紬は内心で冷や汗を流した。
――――正直、油断していたと思う。
悠由は打ち合わせ帰りのジンと紬を、電車に乗るところで目撃したのだという。
普段の紬なら、街にオタク活動(アニメショップ巡り、ゲーセンでわりと本気な音ゲー、アレな本を買いに行く……エトセトラ)ときや一応打ち合わせのときも、それとない変装はしている。
しかし、打ち合せの際はジンの服装の方に気を取られ、己の方が知り合いに目撃される危険性の考慮を忘れていた。
しかも見られたのは変なTシャツ姿のジン。いろんな意味でなんということでしょう。
「……あ、あの人はね、遠い親戚で、語学留学で日本に来ているんだよ。私は親戚繋がりでお世話を任されていて、ちょうど街を案内していたところを、悠由に見られただけっていうか」
とりあえず捻り出したのは無難な言い訳。
まさか「魔界から来た魔人なアシスタントです★」などと言えるはずがない。というか改めて考えてみると意味がわからない。なんだ、魔人なアシスタントって。
「そもそもどこの国の人なの? 何人なの?」
「マジン……じゃなくてえっと、確か北欧系? いやどっかの共和国……亜熱帯……アマゾンの奥地? わ、忘れたけど、マイナーなところ出身だよ!」
「ふーん」
こちらの話題にはあまり興味がなかったのか、あっさり流してくれてたが悠由は不満そうだ。探るような目を紬に向けてくる。
そんな二人のやり取りを席に座ったまま静観する凛子は、ショートカットの髪を掻きながら、ふわあと欠伸をこぼしていた。
「実はイケメン外国人の彼氏がいますとかじゃなくて?」
「断じて違います!」
「遠い親戚や語学留学はいいとして、二人は本当に健全な仲なわけ?」
「もうびっくりするくらい健全だよ!」
そう、ちょっと一緒に住んで、ちょっと共同作業(漫画家とアシスタント)して、ちょっとたまにパンツの柄の話をするだけだ。
こうして挙げてみると「あれ意外と不健全?」と紬は思ったが、なんとか身の潔白は証明できたらしい。
悠由は「なーんだ、つまんなーい」と唇を尖らせつつも、紬の話を信じてくれた。
「……そもそも悠由は、なんでも恋愛に繋げすぎ。いまどき異文化交流中の外国人なんて、珍しくもないでしょ」
「凛子はわかってなーい! その外国人が超超超イケメンだったんだよ! 背が高くてプラチナブロンドで鼻筋通ってて! なんか変なTシャツ着てたけど! そんな人と紬が仲良く一緒にいたら、そりゃ疑うでしょ!」
呆れたようにコメントする凛子に、悠由は頬を膨らませる。そんな様子も可愛いので、チラホラ登校してきたクラスの男子たちは、こっそり悠由を見て鼻の下を伸ばしていた。
「いっとくけど、私のイケメン査定は厳しいわよ。まず男は坊主。これ以外は認めないから」
「それ凛子の好みでしょ? 本当にイケメンなんだって! 紬、写真とかないの!?」
紬はふるふると首を横に振る。
ジンは「カメラに撮られると魂を奪われてしまうのだろう? ……怖いから写真は嫌です」と、自分が写真に写ることは避けている。
魔界出身のお前がなにを恐れているんだと突っ込みたいが、ないものはない。
「じゃあこうしよう! 今度、私と凛子と紬で遊びにいくとき、その外国人さんも連れてきてもらおう!」
「ええ!?」
斜め上にカッ飛んだ悠由の案に、紬の驚きの声が人口が増えてきた教室内に反響する。
「ダ、ダメだよ! 無理! その案はなし!」
「なんでよ? 語学留学中なら、こっちで触れ合う人は多い方がいいじゃん。まだ当分はこっちにいる感じじゃないの?」
「い、いるけど……でも、あの、彼は……ひ、人見知りだから」
「人見知りぃ? あんな変なTシャツを堂々と着て街にいたのに?」
「ひ、人見知りでも変なTシャツは着るよ! 変なTシャツは万国共通、性格なんて関係なく、なんなら人種の壁を越えて、ミミズだってアメンボだって魔人だって等しく着るよ!」
「紬、落ち着きなよ」
凛子はイヤホンを片付けながら、「魔人はどうか知らないけど、ミミズやアメンボはさすがに着れないから」と冷静に突っ込みを入れる。
それから彼女は眠たげだが鋭い目を悠由に向けた。
「悠由。無理を言って紬を困らせない」
「だって……」
「だってじゃないの。また機会があれば紹介してもらえばいいじゃん。ね、紬」
「う、うん」
よし、と小さく微笑んで、凜子は身体を椅子から上げて、二人の頭に同時にポンと手を置く。女子なのに背が高く、腕の長い凜子だから出来ることだ。そのままよしよし攻撃である。
写真を怖がるどこぞの魔人なんかより、真のイケメンはここにいた。
「うー、もうやだ凜子カッコいい! なんで性別メスなの! 大好き結婚して!」
「やだ。あんたと結婚してもうるさそう。紬の方がいい」
「じゃあ紬が第一夫人で、私を愛人にして!」
いつもどおりの友人達の他愛のないやりとりだ。ジンについての事情聴取とやらが無事に終わったことで、紬は胸を撫で下ろしながらも笑い声をもらす。
……しかし、第二波は存外早くやってきた。
「まあでも、よく考えたら、あの人が紬の彼氏じゃなくて良かったかも。彼氏だったら、このイベントに誘い難いもんね」
「イベント……?」
凜子との戯れを終えた悠由が、制服のスカートのポケットから折り畳まれた紙を取り出す。くしゃくしゃになっているが、明るい文字と写真が紙面で踊っている。
「これね、いろいろあって、隣のクラスの星野からもらったの。よかったらみんなでどうかって」
悠由の口から飛び出したのは、紬も話したことはなくても存在は知っている、校内一のチャラ男くんの名前。
悠由が開いて見せてくれたのは、遊園地の案内チラシだった。





