帰るまでが打ち合わせです
愛想のいいウェイトレスさんに「ありがとうございましたー」と見送られ、紬とジンはファミレスを出た。
今はじわじわ降る夏日の中、駅を目指して並んで街中を歩いている。
行きよりは幾分か落ち着いたが、それでも忙しなく周囲に視線を走らせるジンは楽しそうだ。何か気になるものを見つける度に、嬉々として紬に話を振ってくる。
「ツムギ、あの『しょーうぃんどう』に飾られている服は、なかなかいいデザインだな。魔王の配下の悪魔宰相に似合いそうな感じだ。土産にいいかもしれぬ」
「胸元に『angel』ってロゴの入ってるピンクパーカーを、悪魔に似合いそうというジンさんのセンス」
「この暑い中に、わざわざ日焼けサロンに向かう若者もいるのだな。陽の光を嫌う、不健康な吸血鬼の知り合いを連れて行きたいものだ」
「ジンさん、もしかしてソイツらと仲悪いんです?」
どう考えても嫌がらせのラインナップだ。
ジンの時折入るユルい魔界トークには、相変わらずツッコミどころがありまくりである。
「魔界といえば、温玉カレー丸先生の新作短編は、ずっと悩んでいたが魔界が舞台のだーくふぁんたじーに決定したのだな! 他にもあった探偵ものやパニックホラーものも捨てがたいところだったが、非常に楽しみだ。温玉カレー丸先生の新たな境地……正座待機してます」
「ジンさんにもまたアシ業をお願いしますからね。魔界のこととかも、また色々教えてください」
汗ひとつかかない尊顔を綻ばせ、ジンは「任せろ」と微笑む。暑い、という感覚はあるようだが、人間のように汗腺は存在しないみたいだ。
プラチナブロンドの髪が陽に照り眩く揺れた。
人の隙間を縫うように、大通り沿いの歩道を進みながら、二人で新作短編について語る。
主人公の決め台詞はどうしようやら。
タイトルはどんな感じにしようやら。
いっそ資料が欲しいから魔界行って写真撮りたい無理だけどやら。
会話に花を咲かせている間に、ふと紬は思う。
――――自分はずっと、こうして漫画についての話が気軽に出来る、身近な人間が欲しかったのだな、と。
ジンは人間じゃなくて魔人だが、話せば感想もアドバイスもくれる。なんなら紬のファンでありアシスタントでもある。
試しに紬は、あの日……ジンがやってきた日。
一人で考えて一人で答えを出したことを、隣のジンを見上げながら尋ねてみた。
「ところでジンさんは、メインヒロインのパンツの柄は水玉派ですか、シマシマ派ですか」
「我は白無地派だ」
「わかりました、ありがとうございます」
答えはこの際なんでもいい。水玉でもシマシマでも白無地でも。
あの日は自問自答した問いに、他者から答えが返ってきたことが重要なのだ。
紬はちょっと笑いながら、着いた駅の構内に足を踏み入れた。仕事帰りのサラリーマンで群がるにはまだ早い時間なので、駅は空いている。紬の住む地域で一番大きな街の中心の駅なだけあって、壁は新しく床は綺麗だ。
気分良く、紬はジンと券売機の前に立った。
「今日は久しぶりに、私が夕飯を作りましょうか。あっち着いたらいつものスーパーに寄りましょう。なにか食べたいものはありますか」
「……ツムギが作るのか? そ、それは、我はメシスタントとして解雇、ということだろうか。至らぬ点があったなら正直に申せ。改善する」
「いやいやいや。普通にジンさんに文句なんてありませんから! たまには私がやりますよ、ってことです」
意外にもメシスタントとしての誇りを持っていたらしいジンは、ちょっぴり紬の提案に青褪めていた。別にジンのお株を奪おうとしたわけではないのだなと説明すると、ホッとジンは息を吐く。なにがそこまで彼を駆り立てるのか、紬にはいまいち謎である。
券売機から出てきた切符を二枚受け取り、改札を抜けて電車が来るのを待つ。
紬が「なんでも食べたいものをリクエストしてください」と促せば、ジンはしばし考える素振りを見せた。
「では、鍋で。すき焼きなどどうだ」
「ああ、いいですね。小さい鍋なら、実家から持ってきたのありますよ。それを引っ張り出して、その前にスーパーで材料を買わなきゃ。肉とかネギ、豆腐やしいたけも入れたいな」
「しらたき! しらたきは欠かせぬぞ!」
「なんだそのしらたきへの情熱。はいはい、しらたきも入れましょうね。じゃあ帰ったらすき焼きの用意するんで。その間、ジンさんは録り溜めたアニメでも……」
「うむ。では我が鍋の準備をして野菜や肉を切る係、ツムギは鍋にそれらを入れて行く係をしてくれ」
「ええー……それ私ほとんど何もしてないじゃん、ただの鍋奉行じゃん……まったく台所譲る気ねぇぞ、この魔人……」
私が作るって言ってるじゃないですかー! と叫ぶ紬の声は、ガタンガタンとやってきた電車の音でかき消された。
……そんな二人を、こっそり眺める影がひとつ。
「え、あれ、紬……だよね?」
結局誰とも予定が合わず、一人で街の服屋に買い物に来ていた間宮悠由である。
彼女は両手に戦利品の詰め込まれた紙袋を大量に抱え、ちょうど電車に乗って帰るところだった。
しかし、見覚えのあるシルエットの子がいるなーと思ってよく見れば、先ほど電車に乗ったのは、友人の紬で間違いない。
「なになに、紬の予定ってデート? 隣の人彼氏? なにあの超絶イケメン外国人! なんか変なTシャツ着てたけど! めっちゃカッコいいじゃん! なんか変なTシャツ来てたけど! 紬ったらやるじゃん! 月曜日学校で問い詰めなきゃ……!」
――――20%オフのシールが貼られたしらたきをカゴに放り込みながら、「あと30%割引されろ」と呟いている紬は、訪れる波乱をまだ知らない。





