ジンさんと半分こ
「……うん、いいと思うよ。このネタでいこう。ただもう少し、さっき言った部分の設定は固めなおそうね」
「わかりました!」
心田と紬の打ち合わせは、概ね順調に進んだ。
トントンと、紬の渡したプロットやらネームの紙束を整え、心田は穏やかに微笑む。
彼が自身の特異体質さえ発揮しなければ、だいたいいつもこんな感じで平和に終わる。
「一息ついたところで、先生は昼ごはんはもう食べたの? まだなら奢りますよ、温玉カレー」
……そしてだいたいいつもこんな感じで温玉カレーを奢られる。
にこにこと提案する心田は善意100%だ。
「別に私、温玉カレーが好物じゃないです!」という一言を、デビュー時からずっと言い出せないままの紬は、本日も負けて「ありがとうございます……」と小さく頭を垂れることになる。
本当は胃袋にがっつりくるカレー(しかも温玉のせ)より、ジンのように期間限定スイーツの方が食べたくても、ここは大人の対応をせざるを得ないのだ。
「すみません、それじゃあこの温玉カレーと、僕はえーと、卵のサンドイッチで。アイスコーヒーもお願いします。……それにしても、今回はまさかのファンタジー路線になったね。温玉カレー丸先生の『恋ギガ』は現代ラブコメだけど、新作短編は本格ダークファンタジーなんて。魔界が舞台で魔王が主人公っていうのも、普段の連載とは違う一面を披露する意味でいいと思うよ」
ウェイトレスさんに注文を頼み終えた心田は、「なにか影響を受けたファンタジー作品でもあった?」と紬に尋ねる。それに紬な曖昧な笑みで誤魔化した。
後ろで黙々と『ふわふわキャラメルパンケーキ』を食べている、どこぞの魔人の影響であることは間違いない。
短編の主人公である魔王の『殺戮を好む平和主義』という矛盾だらけの設定も、奴のマブダチから来ている。慣れない戦闘シーンや武器の描き込みは資料を使っても大変そうだが、紬としては新しいチャレンジなので頑張らねばと気合を入れた。
――――そのあとはウェイトレスさんが運んできた品を食べ、合間に連載の方の話もちょこちょこしながら、打ち合わせは恙無く終了した。
「今日はお疲れ様でした。温玉カレー丸先生は電車? もうお帰りなら駅まで一緒に行く?」
「あ、すみません。このあと予定があるので」
ファミレスを出て、紬と心田は入り口横で軽く言葉を交わす。屋根の下の日陰でも、周囲を焦がしつくすような夏の暑さは変わらない。
紬にはこのあと、まだ涼しい店内の席で、パンケーキを堪能中であるジンを回収する義務がある。
心田とはここでお別れだ。
「それじゃあ、帰りは気をつけて。また今後の予定は改めて連絡するから」
「はい。……あと、気を付けるのはどちらかといえば心田さんですからね」
また道中で、脱走中のアイドルに遭遇して「かくまってください!」とか厄介な頼まれごとをされたり、手にしたら確実になんらかの物語が始まりそうな怪しげなアクセサリーを拾ったり、ベタな展開に巻き込まれないか紬は気を揉む。
まあ、どれだけ大事に巻き込まれても、ベタに寸でで助けが入ったり、ベタに「胸元に入れていたペンダントのおかげで助かったぜ……」みたいに危機を逃れるのも心田の特性なので、案外大丈夫なのだが。
「アシスタントさんにもよろしくね」と言い残し、心田はにこやかに笑って去っていった。その丸まった背中を見送って、紬は再び店内に戻る。
「む。担当さんはお帰りになったのか」
「はい、私たちも帰りますよ……ってあれ、ジンさん。まだそのパンケーキ、食べている途中なんですか」
ジンの向かい側のソファーに腰かければ、紬の目に留まったのは、真っ白な丸皿に乗っけられた、半分に切り分けられたパンケーキだった。
ふんわり焼けていて、メープルシロップがいい塩梅でかかっている。融けかけのバニラアイスにキャラメルの絡まるバナナなどが添えられており、見目も食べ掛けとは思えないほど整えられている。
その甘い匂いは、カレーで満たされた紬の腹にも刺激を与えてきた。
「ああ、これはツムギの分だぞ」
「……私の、ですか?」
「貴様は担当さんが温玉カレーを頼んでいる最中、期間限定メニューの方を見つめていただろう。特にこの『ふわふわきゃらめるぱんけーき』には興味関心が高かったと見える。しかし人間は、特にじゃぱんの者は、『空気を読む』という己の特性に縛られた難儀な生き物。食したいものですら自由に言い出せぬ。なので我が、こうして半分残しておいたわけだ」
紬の方に皿を押しやり、ジンはフォークとナイフまでご丁寧に横に並べてくれる。『Iラブにっぽん』と書かれたTシャツの前で腕を組み、「さあ食せ」とふんぞり返った。
「いいんですか、半分も食べて。打ち合わせの最中も、けっこう美味しそうにもぐもぐしていたのに」
「美味しいから貴様と分けるのだ。道影先生も『魔法使いのワープごはん』の作中で、美味しいものは親しき者と半分こが正しい食べ方だとおっしゃっていたぞ」
「……じゃあ遠慮なく」
パンケーキにナイフを入れれば、刃先が生地の中に沈んでいった。一口サイズにして口に運ぶと、舌の上で柔らかな感触とまろやかな甘みが広がる。
しかし美味しさ以上に、ツムギは目の前の魔人の細やかな気遣いがじんわり嬉しかった。
「美味しいです。……ありがとうございます、ジンさん」
「うむ。ならば良かった。まあ、我はこの世界の通貨は払えぬので、このパンケーキがそもそもツムギに奢ってもらうわけだがな!」
「ジンさん、それ言ったらぜんぶ台無しなんで……」
「このご恩は必ず」と武士のように大仰に頭を下げるジンに、「苦しゅうない、面をあげよ」とプチお代官ごっこをしてから、紬はまたパンケーキをパクリと食べた。
美味しいけど、ジンの作るデザートの方がいいなと紬は思った。





